黒バス
□サプリメント
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1月31日、日曜日、午前7時40分。
今日は黒子の誕生日で、二人とも部活が休みだったから前々からデートの約束をしていた。服装もデートプランもばっちり決めたし、誕生日プレゼントも用意済み。あとは身支度をして待ちあわせ時間の11時に駅に間に合うように行くだけだったはずなのに……。
「なんで風邪引いてるんスか……」
黄瀬はベッドに横になったまま鼻声で呟いた。
少し前に目が覚めたのだが、頭痛はするし寒気はするし熱はあるし鼻が詰まって息が苦しい。誰に言われるまでもなく、風邪だ。しかもわりと重度の。
昨日の部活の時から少し調子が悪く嫌な予感はしていたのだが、まさか風邪を引くとは思わなかった。
なんで今日に限って引くのか、自分の体を恨めしく思う。今日のために色々準備してすごく楽しみにしていたのに、それが全部水の泡だ。
(とりあえず黒子っちにメールしなきゃ……)
寝返りを打って枕元に置いてあった携帯電話を手に取ると、メール画面を開いてだるくなった指先でカコカコと文章を打っていく。
(ご、め、ん。か、ぜ、ひ、い、た、か、ら、きょ……)
そこまで打って黄瀬の指が止まる。そして少し考えると途中まで打った文章を消して新たに打ち直していく。
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Date:1/31 7:43
To:黒子っち
Sub:ごめん
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急にモデルの仕事入ったから今日会えなく
なっちゃったっス。
黒子っちとデート出来なくて
本当に残念っス。
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打ち終わった文章を見直すと黄瀬は送信ボタンを押す。そして見慣れた送信画面が送信完了にかわると、携帯電話を持ったまま腕を投げ出した。
風邪を引いたなんて言ったら黒子に余計な心配をかけてしまう。それに何より、カッコ悪い所を知られたくなかった。
誕生日にデート出来るから楽しみにしていたのに、バカみたいに風邪をひいて会えなくなるんて本当にカッコ悪い。
「バカは風邪引かないんじゃなかったんスかよ」
『黄瀬はバカだから風邪引かないんだよ』と、青峰を筆頭に帝光中の時に散々バカにされた。バカにしている本人もバカだったから、それでよくくだらない言い争いをしていた。
それで黒子に泣きついたら『まあそうですね』なんて言われるし、緑間には『そんなことやっているからバカなのだよ』と追い打ちされるし、紫原には『二人ともバカってことでいいんじゃな〜い?』と変な妥協案出されるし、赤司に至っては『そんなに元気なら明日の練習メニュー倍にしようか』なんて脅された。
思い返してみるとなんだか懐かしい。まだそんなに時間は経っていないはずなのに、帝光中の時のことを思い出すと懐かしく感じられる。
みんなで歩いた帰り道、あの日は少し雪が降っていて、いつもよりテンションが上がっていた。隣を歩いていたのは黒子で、鼻を少し赤くしながら寒そうに肩を縮こませていた。
そんな些細なことも詳細に思い出せるのに、ひどく懐かしく感じられるのはなんでだろう。
そんな事をぼんやり考えていたら指先に振動を感じたので、腕を顔の近くに寄せて待ち受け画面を見つめる。メール受信のお知らせがあったので開いてみると、差出人は黒子だった。
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Date:1/31 7:48
From:黒子っち
Sub:Re:
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そうですか。
お仕事頑張ってください。
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あまりにも素っ気ないメールに、黄瀬はため息をついた。仮にも付き合っている恋人同士なのに、誕生日に会えないことが黒子にとってはそこまでダメージではないらしい。
今日だって日付が変わってすぐに『お誕生日おめでとう』とメールを送ったのに、返事は『ありがとうございます』だけだった。まあでも黒子だからと言ってしまえば仕方ないのだが、これでは一人だけ浮かれていたみたいでなんだか少し空しくなった。
黄瀬は携帯電話を元の位置に置くと、腕に力を入れてなんとか体を起こす。食欲は全くないけれど口の中がカラカラだ。
(今日に限って両親いないし……)
両親は昨日から泊まりで出かけていて、帰ってくるのは今日の深夜と言っていた。
余計な心配をかけたくないからそれまでには何としてでも治したい。明日は学校もあるし部活もある。風邪引いて部活を休んだなんて言ったら笠松に怒られそうだ。
(ああ……、でももういないんだっけ)
WCが終わって笠松達三年生は引退し、早川や中村二年生主体の新体制が始まった。
WCでは誠凛に準決勝で負けて日本一になることは出来なかった。海常を日本一にするという目標があったのに叶うことはなく、三年生は引退していった。
少しでも強くなりたくて練習したのに、オーバーワークで足を故障寸前にまで追い詰めてしまった。だから試合の途中で交代させられて、点差をつけられてしまった。負けたのは自分のせいだとよく分かっている。
笠松達を日本一にすることは出来なかったが、自分がバスケ部にいる間に海常を日本一へ導く。それが今の黄瀬の目標だ。だから新人戦をもうすぐ控えた今、部活を休むわけにはいかない。
「とりあえず水……」
ベッドから降りると、黄瀬は今にも倒れそうな体に鞭打ってのろのろと階下へ向かった。