黒バス

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「……眠っ」

 帝光中の生徒であふれる通学路を歩きながら、黄瀬は口元を押さえてあくびをした。
 週の始まりはいつもより憂鬱だ。練習は楽しいけれども授業を受けるのが退屈で、早く放課後にならないかと思ってしまう。昨日は練習試合があって朝練が休みになったから、いつも以上に身体がうずうずする。
 体を休めることは大事と分かっているけれども、早くバスケがしたくてしょうがなかった。

「黄瀬君、おはようございます」
「黒子っちに緑間っち、おはようっス」

 声を掛けられたので振り返ると黒子と緑間がいた。
 最近は黒子に声を掛けられてもすぐ気付くようになった。黒子が黄瀬の教育係になった頃は話しかけられてもどこにいるか分からず、何度も周りを見渡していたのが少し懐かしい。
 そして緑間。彼に会うと最初に目が行くのは左手だ。きれいにテーピングが巻かれているのはいつものことだが、その手に持っているものは毎日違う。

「つーか緑間っち、何持ってるんスか」
「今日のラッキーアイテムに決まっているのだよ」

 緑間の左手には洗濯バサミが握られていた。緑間と出会ってまだ日は浅いが、相変わらず意味が分からない。けれどもおは朝占いがよく当たるのは確かだから深くは考えないようにしている。
 まあそれでも気になるのは気になるのだが。

「そうだ黄瀬君、これどうぞ」
「なんスか、これ」
「この前約束してた本です。あげるので良かったら感想教えてください」
「もらっていいんスか?」
「ええ」
「ありがとっス」

 黄瀬は本を受け取ると嬉しそうに笑ってバックの中に丁寧に入れる。
 モデル仲間の間で流行っている本があり、あまり本を読まない黄瀬だが読んでみたら思いのほか面白く、その話を黒子にしたらその作者の他のオススメの本を教えてもらう約束をしたのだ。どうやら黒子も好きな作者だったらしく、著作を全部読んでいるから詳しかった。
 憂鬱な朝だったがテンションが上がる。授業中にこっそり読むのもいいかもしれない。黒子とバスケ以外の話が出来るのが嬉しいからサッサと読んでしまおう。


「黄瀬」
「なんスか?」
「今日のふたご座のお前は、近年稀に見る運勢最悪な日なのだよ」
「はあ……」
「だからこれをやる」

 そう言って緑間が出したのは手のひらにすっぽりと収まるサイズの犬のぬいぐるみだった。淡い茶色をしたゴールデンレトリバーで、頭の所にキーチェーンがついている。つぶらな黒い目が二つ、黄瀬の顔を覗き込んでいた。

「ふたご座の今日のラッキーアイテムなのだよ。これで今日一日は大丈夫だ」
「どうもっス……」

 自信満々で言われると妙に説得力があるから怖いのでとりあえず受け取る。女の子だったらもらって嬉しいだろうけど、黄瀬がつけるにはいささかかわいすぎる。緑間が持っているのも似合わなかったが、自分が持っていても似合わないだろう。まあとりあえず今日一日はバックに入れといて、明日以降は自分の部屋の棚にでも置いておこう。

「よかったですね、黄瀬君」
「そう……っスね」

 黄瀬は曖昧に答えて苦笑いをし、そのままみんなで学校に向かった。






「黄瀬ち〜ん」

 休み時間。トイレに行こうと廊下に出たら間延びした声で自分を引き止める声がした。振り返って教室を見ると紫原がこちらに向かって歩いてくる。
 クラスが一緒になった当初は随分大きな人がいるなと驚いた。黄瀬もそこそこ身長が高いけれど紫原は比べ物にならない。関わることなくただのクラスメイトで終わるのだろうと思っていたが、今ではバスケ部の大切な仲間だ。

「紫原っち。どうしたんスか?」
「あのねー、黄瀬ちんにこれあげる」

 そう言って渡されたコンビニの袋の中を見るとお菓子がぎっしりと詰まっている。顔を上げて紫原の表情を見ると、いつもより目元が緩んでいて嬉しそうにしていた。

「新商品が出たんだけど、おいしかったから黄瀬ちんにもおすそ分け〜」
「いいんスか?」
「うん。えっとね、オススメはこのまいう棒のトロピカルフルーツ味かな」
「ありがとっス」
「うん」

 お礼を言うと紫原は自分の席に戻っていった。改めて中をじっくり見ると、紫原が良く食べているまいう棒に始まり色々なお菓子が入っていた。紫原が他人にお菓子をあげるのは珍しい。分けてくれることはあるけれども、こんなに大量に貰ったのは初めてだ。とてもじゃないが一度には食べきれそうにない。
 とりあえずお菓子をバックにしまおうと教室に入ると、チャイムが鳴り黄瀬はトイレに行くタイミングを逃した。


 
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