黒バス

□聞きたかったのは
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 オレはただ黒子っちの一番になりたいだけだった――。



 火神と黒子の宣戦布告を受けた黄瀬は、黒子と話がしたくてリコに許可を取って少し時間をもらった。
 人目の気にならない場所が良いと言ったら黒子に体育館裏に連れられた。ここへ来るまでにファンの女子に囲まれて大変だったが、黄瀬がなだめてようやく解散した。
「相変わらずモテますね」
「まあ一応モデルっスからね……」
 黒子の背中を追いかけていたら急に黒子が立ち止まったので、それに合わせて黄瀬も止まる。振り返った黒子の顔をまじまじと見ていると黄瀬は緊張してきた。
「それで何の用ですか?早く練習に戻らないといけないので手短にお願いします」
「手短にっスか…」
 黄瀬は横目で体育館を見る。バスケ部は練習中で、掛け声とバッシュのスキール音が聞こえてくる。確かに人目は気にならないし向こうからこちらは見えないだろうけど、ボールのドリブルする音が黄瀬を急かしているように聞こえてくる。
 高まる鼓動を落ち着かせようと一回深く呼吸する。肺の中に溜まっていた空気を吐き出して空気の入れ替えをする。
「黒子っちに聞きたいことがあるんス」



「オレたちってまだ付き合ってるんスか?」



 風が吹きわたり地面に散らばっていた葉が浮かび飛んでいく。それと一緒にどこかへ行ってしまいたいくらいに黄瀬は緊張していた。
 言葉を吐くのが怖くて、どうしてもゆっくりになってしまう。何から話していいのか分からなくてたどたどになってしまう。
「全中の後黒子っちがいなくなって探したんスけど、オレらを避けてたし、携帯持ってないから連絡とれないし……」
 声のトーンが下がるにつれて目線が下になっていく。下を向いていると心や体まで沈んでいきそうだ。
 会いに行こうと思えば会いに行くことは出来た。けれども最初の方は避けられているのが分かっていたし、黒子の嫌がるようなことはしたくなかったので無理矢理家にまで押し掛けるようなことはしなかった。
 けれども時間が経つにつれて、黒子らの連絡がない日々が続き黄瀬はどうしようもなく不安になった。
 もしかしたら嫌われたのか、もう会いたくないと思っているのか。そんな考えに押しつぶされて、気付いたら春になって別々の高校になっていた。


 いつのまにか会いに行かない理由が変わっていた。


 怖かったのだ、黒子から本当のことを聞くのが。


「分かりません」
 黒子の声が耳に入り黄瀬は思わず顔を上げた。黄瀬の視界に入った黒子は眉を下げて困ったような表情をしていた。
「黄瀬君のことはそういう意味で好きでしたけど、あの頃のボクはどうしたらいいか分からなかった」
 ボールがネットをくぐり抜ける音に続き歓声が聞こえた。黒子は体育館をちらりと見てから言葉を続けた。
「二人でいればどうやっても自然とバスケの話が出て、ボクたちからバスケは切り離せません。もしもあの後黄瀬君と会っていたとしても、キミは聞くのを我慢するだろうし気をつかうでしょう?」
 黒子に指摘されて黄瀬は両手を強く握った。
 確かにそうだった。付き合っていた頃からよくバスケの話をしていたから、あの後も自然と会話に出てしまうだろう。そうしたら二人とも全中のことを思ってしまうし、黄瀬は聞くのを我慢して話題をそらすかもしれない。心にわだかまりが残って空気が気まずくなってしまうかもしれない。
 たらればの話をしても仕方ないが、黄瀬にはその光景がリアルに描けた。
「ボクは逃げたんです。あの頃嫌いだったバスケから。あの頃好きだった黄瀬君から」
 体育館から歓声が聞こえる。けれども二人の間には音は流れずまるで時が止まったかのように静かだった。
「じゃあ今は……?」
「え?」
「さっき練習してるとこ見てたけど黒子っち楽しそうだったっスよ」
 黒子は表情にあまり感情に出ないが雰囲気だけで分かった。バスケが好きで好きで楽しくてしょうがない、そんな風に見えた。
「バスケが好きになった今、オレのことはどう思うんスか?」


「それは……」




***



 電車に揺られながら黄瀬は扉に寄りかかって外の景色を眺める。日が傾くのにつれて黄瀬の心も沈んでいくようだった。
 目を閉じると黒子とのやり取りが思い出される。くっきりと鮮明に黄瀬の頭について離れない、黒子の言葉が。


『もう少し考えさせてください』


『今は火神君や誠凛のみんなとのバスケを大事にしたいので』


(今はオレよりバスケの方が大事ってことっスか……)
 自然消滅しているかもしれない関係をどうにかさせたくて勇気を出して向かったのに、結果はどっちつかずだった。
 はっきりさせたくて黒子に会いに行ったのに保留にさせられるとは思ってもおらず、黄瀬は左手で頭をかきむしった。しかしそうしても心が晴れることはなく、黄瀬は再び窓の外に目をやる。
(……赤っ)
 視界に入った夕日の眩しさに目がくらむ。真っ赤な夕日を見ていると頭にちらつくのは今の黒子の光。
 少し相手をしたが、何故黒子が火神に執着するのか黄瀬には理解できなかった。かつての光はおろか、黄瀬にだって遠く及ばない火神に。
(もしかしたらバスケが大事っていうよりアイツのことが……)
 嫌な方向に考えが行った時、電車が揺れて身体が傾いたので足に力を入れて慌てて手すりを掴む。しばらくそのまま静止して、揺れが弱まったら体制を整えて扉に頭を軽く打ちつける。
(ダサッ…)
 話を掘り返さないでそのまま自然消滅させればよかったのかもしれない。けれども黒子のことがどうしようもなく好きだから繋ぎとめたかった。
 夕日の光が車内に降り注ぐ。それは赤く燃えて黄瀬の心をかき乱す。


 負けられない。火神にだけはどうしても。


「黒子っちは渡さないっス」
 黄瀬の呟きは電車の音にかき消されて誰にも聞こえることはなかった――。


 

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