黒バス

□サプリメント
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「食欲ないと思いますけど、薬が飲めないので少しでも食べてください」
 冷えピタをおでこに貼って寝そべっていると、しばらくして黒子が両手にトレイを持って帰ってきた。トレイの上には鮭粥とホットレモンにゼリーが乗っかっていて、室内にいい匂いを漂わせる。
 黄瀬は起き上がってトレイを受け取ると、膝の上に乗せてお茶碗とレンゲを手に取る。黒子の言うとおり食欲はないけれど、これくらいならなんとか食べれそうだ。レンゲで一口すくって口元でフーフー息を吹きかけると、ゆっくりと口の中へ運んだ。


「おいしいっス」
「まあレトルトですからね」
 黒子はそう言いながら持ってきたスーパーの袋を漁っていた。黒子が持ってきたスーパーの袋は大きく、ここからだと何が入っているかよく見えないけれど大量に物が入っているのは分かる。
 重かっただろうにわざわざ黄瀬の家まで来てくれて、それが素直に嬉しかった。来てほしくないとは思っていたものの、やっぱり嬉しいものは嬉しい。
 とにかく今の黄瀬の使命は一刻も早く風邪を治すことと、黒子に風邪をうつさないことだ。そのためには黒子の言うことに逆らわずに素直に言うとおりにした方が身のためだろう。


「ごちそうさまでした」
 ゆっくり食べていたため時間はかかったがなんとか全部食べ終わると、黄瀬はトレイに器を戻す。
「じゃあ薬飲んでください」
 黒子がトレイを膝からどかし、水の入ったコップと薬を渡される。至れり尽くせりで本当に申し訳ないが、黄瀬は同時に嬉しくもあった。黒子が自分のために行動してくれるのがどうしようもなく嬉しい。けれども薬を口に含み水で流しこむと黄瀬はハッとした。


(……ってオレが喜ばされてどうするんスか!!)
 今日は黒子の誕生日で、どちらかと言うと黄瀬が行動して黒子を喜ばせるはずだった。それなのに今、見事に立場が逆転している。このままではよくないと黄瀬は考えると、グラスの水を飲み干して黒子に向き直った。


「黒子っち」
「なんですか」
「お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
 黄瀬の言葉に黒子は笑ったけれど、それを見て嬉しく思うと同時に少し胸が痛くなった。


「あと……、ホントごめんっス」
「何がですか?」
「仕事って嘘ついちゃったし、風邪引いてデート出来なくなっちゃったし」
「どうせ僕に心配させたくないとか思ったんでしょう。それにデートならいつでも出来ますから気にしないでください」
「だってせっかく黒子っちの誕生日だったのに……。今日のために色々調べたしプレゼントも用意したんスよ?」
 黄瀬が話している間にも、黒子は黄瀬が食べ終わった食器をまとめていてカチャカチャと音が響いていく。その音を聞きながら黄瀬はグラスを力強く握りしめた。


「去年は祝えなかったから……今年はめいいっぱい祝おうと思ってたのに」
 去年の誕生日は黒子がバスケ部からいなくなっていて、卒業するまでずっと会えなかった。その頃黄瀬はまだ黒子と付き合っていなかったけれど、誕生日を祝いたかった。それなのに会えなくて連絡も取れなかったから、お祝いの言葉を言うこともできなかった。
 だから今年はいつも以上にはりきっていたのに風邪で倒れて台無しになってしまった。それが不甲斐なくて情けなかった。


「“病は気から”という言葉がありますが本当みたいですね。いつもの黄瀬君らしくありません」
「そーみたいっス」
 黒子に指摘されて黄瀬は力なく笑った。身体が弱ってきて、心まで弱っているみたいだ。黄瀬は膝を丸めて下を向く。ふとんの水色が視界いっぱいに広がる。


「じゃあそんな黄瀬君に薬をあげます」
「薬ならさっき飲ん……」
 黄瀬が顔を上げて黒子の方を向くと、目の前に黒子の顔が迫っていた。そして瞬きをする間もなく、黄瀬の唇に黒子のそれが重なった。
 唇に熱が宿ったがそれはほんの一瞬で、気付いたら唇が離れていた。
 黒子は黄瀬に向かってにっこりと微笑むと、ベッドから片足を下した。


「早く治して今日の埋め合わせして下さいね」
「くろっ……!!」
「僕、食器片付けてきますね」
 慌てて黒子の腕を掴もうと手を伸ばしたが、黒子は黄瀬からグラスを奪い取ると、トレイに乗せて急いで部屋から出ていく。
 しばらくフリーズしていた黄瀬だったが、黒子が階段を下りる音が聞こえなくなると前屈みに倒れこんだ。


「あーーーー、もう!!」





「治るどころか熱上がりそうなんスけど」


 
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