鏡と虚像とその間


□◆ 第6話
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 *  *  *

ローズガーデンを去ったバロンは、公爵の計らいでダイヤに身を隠した。

そして、著書の並ぶ仕掛け扉の向こう側で、ダイヤの公爵と共に、ひっそりとクラウンの破壊を試みていた。
ナイフで切り付け鈍器で潰し、さらには薬剤をかけたが、クラウンを壊す事は疎か傷一つ着かなかった。

苛立ちをぶつけるように投げ捨てたナイフは、乾いた音を立てて床に転がった。
術は、もう無い。
我々には無理なのだろうか。
全てを投げ打つ覚悟でいるのに、その想いはただの願いで終わってしまうのだろうか。

窓のない部屋に滞る冷たい空気が身に染みる。
無傷のクラウンは、嘲笑うように沈黙していた。

そんな中で、ダイヤの公爵は静かに話し始めた。
「ならば、人の手の届かない所に隠しましょう。」
公爵はそっとクラウンを手に取る。

「人々の記憶からクラウンが消えれば、その力を求める事はなくなるかもしれません。それは、破壊と同じ意味を持つとは思いませか?」
柔らかな微笑みをバロンに向ける。
「それに、そうしているうちに何か良い方法が見つかるかもしれません。」

彼女の言葉で、その時を期にバロンはダイヤの公爵家に仕え始めた。
クラウンを監視し、人の目に触れないようにする役目を担う為に。

当然、突如湧いて出たような部外者をダイヤの者は白い目で見てきたが、そんなことはバロンにしてみればどうでもよかった。
馴れ合いを求めてここに居るわけではない。
目的さえ果たせていれば、それさえ邪魔されなければ、他の事に関心を抱かくことはなかった。

だが見兼ねてか、ある日を境に公爵の命でその令嬢に仕える事になった。

最初はただ傍にいるだけだった。
好かれようなどという感情もなく、ただ命を受けたから。それだけだった。
だが、そんな無愛想な男にその公爵令嬢は――カナリタは、何が気に入ったのか執拗に話しかけてくる。
いつしか、彼女に笑みすら見せるようになっていた。

それから数ヶ月して、ダイヤの公爵が突然亡くなった。

公式な発表では病死とされた。
今思えば、彼女は死期を悟っていたのだろう。

数日前、公爵はバロンに言った。

「もし、私に死が訪れたら、クラウンは私と共に棺に収めなさい。」
死は、忘れ難い出来事。
だが、生き続ける限り人は前に進む。
そうする限り、いずれは忘却の彼方へ向かう。

「それに、棺をわざわざ覗きに来る者などいないでしょう?」
呆然とするバロンに、公爵は苦笑した。

「それから……カナリタを護ってください。ダイヤに仕えているという事もありますが、貴方には別な道も歩んでもらいたい。約束して頂けますか?」

ダイヤに来てから、まだいくらも経ってはいない。
だが、あの時凍り付いてしまっていた心が、知らず知らずのうちに救われているような気がしてならなかった。
それは、成すべき役目があったからかもしれない。
だがそれ以前に、彼女の存在に救われていたように思った。

「もちろんです。断る理由はありませんから。」

そして、彼女はクラウンを抱いて永久の眠りに着いた。

公爵の言葉通りにバロンはカナリタの従者になり、入れ違うかのように黒のジョーカーと共に行方不明になっていたルイが、ローズガーデンで発見された。

ただ、その時既に彼は心を壊していた。
廃人のようになったルイは、ローズガーデンに残っていたエミリアが引き取ることとなり、主を失った薔薇の園は繁栄の去った場所としてひっそりと存在していった。

そして、クラウンの存在自体が記憶の彼方に向かうよりも早く、黒のジョーカーは再び姿を現した。
常にクラウンと共に存在していた黒のジョーカーが再び姿を現したという事は、クラウンに関係する何かが起こり始めようとしているということ。

そして、それを案じさせるかのように、鏡の向こう側からジェクトとシェリルは現れた。
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