鏡と虚像とその間
□◆ 第4話
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東から吹き込む風に連れられた黒い雲は、瞬く間に空を覆い隠し、大粒の雨を降り落としていた。
「酷い雨だ。」
カーキ色のコートを濡らした水滴を払いながら、胸元にいくつかの階級章を付けた青年が入り口で言葉を零した。
「随分と遅い帰りね、クレスト。待ちくたびれたわ。」
内玄関のドアに寄り掛かり、上目遣いに白衣の女性は言った。
「……見ての通り、仕事ですよ。害虫駆除。」
クレストは、半ば迷惑そうな表情で床に置いていた袋を掲げて見せた。
「……追跡蜂、珍しいわね。それも随分、大量に。」
彼女はどこか楽しそうに、クレストの持つ袋を眺めていた。
「……で、僕に何のようですか?エミリアさん。」
何匹かがまだ暴れている追跡蜂の袋を引っ込めて、クレストは聞いた。
「あら、用がないと会いに来てはいけないのかしら?」
エミリアは徐にクレストへ顔を近付けて行く。
「……エミリアさん。からかうなら別の人にしてくれませんか?僕はまだ仕事中なので。」
クレストは迷惑そうに溜め息を付く。
「せっかくの美女の誘いを……連れない人ね。」
エミリアは口を尖らせた。
自称していたものの、実際にエミリアは所内でもトップクラスの美女と謳われる存在。
幼馴染みの劇的な豹変振りには正直、感心した程だった。
それだけならいいのだが、その容姿に引き込まれ振り回された挙げ句、不意に捨てられる。
そんな哀れな人間を幾人も知ってしまうと、彼女は悪魔以外の何者でもない。
更に言えば、所内での被害者は決まって幼馴染みを理由にクレストに助けを求めてきた。
彼らに救いと憤りを向けられている元凶に関わるのは、迷惑以外の何者でもない。
ただ、理由はそれだけでもないのだが………。
「………。」
クレストは再び溜め息を零し、彼女の横を擦り抜けて中へ入って行く。
エミリアは不機嫌な表情を向けた。
「……バロンが来てるわよ。」
クレストは足を止めた。
「お姫様も一緒に。あと、ちょっと問題を連れてね。」
顔色を豹変させたクレストの様子に、エミリアは楽しそうに顔を綻ばせた。
「今はどこに?」
クレストは振り返る。
「一人は医務室。お姫様達は特別室じゃないかしら?」
少し上目づかいでエミリアはクレストを見上げた。
「特別室?」
クレストは眉を寄せる。
「不法入国だそうよ。」
エミリアはにっこりと笑みを浮かべた。
「……今日は忙しくなりそうだ。」
溜息と共に、クレストは肩を落とした。
「なら、わたしが癒してあげましょうか?」
谷間を強調するように腕を組み、ウインクをしてみせた。
「間に合ってます……。」
クレストはうな垂れたまま、廊下の奥へと歩いていった。
「……ほんと、真面目というかなんというか。でも……。」
そんな彼に満足しているような笑みを向けて、エミリアは身を翻した。