鏡と虚像とその間


□◆ 第3話
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「私はカナリタと申します。シェリルさんという方を、捜していらしたの?」

穏やかで落ち着いた口調。話し方そのままの大人びた雰囲気がそこにはあった。
それに、冷静に考えれば判る。
シェリルにはない言葉使いだった。

徐々に頭が納得していく。

同時に、傷の原因とシェリルがいない現実が鮮明に思い出された。

シェリルを守れなかった。

瓜二つのカナリタを前にしているからか、波のように後悔が押し寄せる。

ジェクトは、自分自身を戒めるように右手を強く握り締めた。

だが、解っている。

後悔からは何も生まれない。
ジェクトは気持ちを落ち着けるように深呼吸を一つした。

…絶対に、取り戻す。

後悔を込めていた右手に、決意を込めていった。

「変な事を言って悪かった。助けてくれてありがとう。」
ジェクトは、鎮痛薬の効いてきた体をゆっくりと起こす。

「気になさらないで。しばらくは、ここで体を休めていってください。」

ようやく、カナリタの顔に笑みが灯った。

シェリルを見ているような笑み。
そう錯覚してしまう頭を切り変えようと必死に言い聞かせた。

彼女はカナリタ。
シェリルじゃない…。

その時、不意に彼女の名に引っ掛かりを感じた。

(…カナリタ…?)
どこかで聞いた覚えがあった。
頭の中を掻き回し、記憶を探す。

……スペードの兵が口にしていた名。

唐突に思い出した。
彼らが必死の形相で捕まえようとしていた人物の名前。

(……。)
それを納得した思考が凍り付いた。

もしその人物が、目の前の彼女と同一人物ならば…。

そう考えると全てに納得がいく。

自分達がスペード兵に追われた理由も、シェリルが攫われた理由も、全てがはっきりする。

「…君はスペードの兵に追われているのか?」
ジェクトは恐る恐る聞いた。

「どこでその情報を手に入れたんです?」
応じたのはシルクハットの成年だった。
彼は訝し気な表情をジェクトに向ける。

「俺達を追ってきたスペードの兵が言っていた。もしそうなら、シェリルは間違われて連れて行かれたのかもしれない。」

途端、カナリタの表情が曇った。

「責めるつもりはないんだ。何しろ俺も見間違う程、そっくりなんだから。」
2人の様子からして、あながち的外れな事ではなさそうに思えた。

「…その通りです。」
暫くして、カナリタが口を開いた。

「……。」
その様子にシルクハットの成年は、沈黙したまま目を細めていった。

「私はダイヤモンド公国のカナリタ。彼は従者のバロン。貴方の言うように、私はスペードに追われています。」

予想は的中してしまった。
状況がはっきりしたと同時に、遣り切れない思いが込み上げる。

シェリルはカナリタと間違われて、わけの解らない事態に巻き込まれてしまった。

だが、それでも全てが誰かの所為にはならない。
自身の力が足りないばかりに、シェリルは手の届かない所へ行ってしまった。

向かう先の判らない蟠りが、ジェクトの中で渦を巻いた。

「さて、こちらの素性は明かしました。貴方は何者です?」
成年がシルクハットの下から細めた目を向ける。
警戒されているのが明らかだった。

「…俺はジェクト。」
それ以上は言えない。
それで警戒を解いてもらえると思ってはいないが、説明するにはややこしい事情だった。

「…君のその怪我はスペード兵に?」
バロンは更に問いた。

「…黒い鎧の騎士にやられた。」
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