鏡と虚像とその間


□◆ 第4話
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武骨なコンクリートの天井と、くすんだ壁の殺風景な建物。
そこは、淀んではいないながらも、どこか不快な心地のする臭いが流れていた。

決して穏やかではない空気に緊張しながら、シェリルはその敷居を跨いだ。

「怪我人は?」
不意に、まるで誘っているような艶っぽい声が向けられた。

唐突な呼び掛けを受けて、シェリル達を取り囲むように進行していた兵達は足を止めた。
シェリルは、兵達の間からその声の方に顔を向ける。

白衣の襟元から豊満な谷間を覗かせて、妖艶な笑みを浮かべた女性が立っていた。
その女性は真っ直ぐにシェリルへ歩みを向け、彼女が近付くに比例して、不思議と兵はシェリルの前から退いた。

女性はシェリルを前にその妖艶な笑みを向け、次いでバロンに連れられた怪我人へ視線を向けた。
彼女は、意識のないジェクトの頬を愛おしそうに触れる。

「かわいい。」
血の気の失せたその顔を覗いて焦る素振りを見せるどころか、彼女は嬉しそうに微笑む。

「……あ、あの……。」
呆然とするような不可思議な行動を前に、シェリルは躊躇い気味に声を掛けた。

「大丈夫よ。摘み食いしたりしないから。」
白衣の女性は悪戯っぽく笑って、直ぐに後ろに控えさせていた看護師らに指示を下した。

素早い手際でジェクトは直ぐ様運ばれていく。
シェリルはその後を追おうと歩みを向けたが、鋼鉄の兵に道を阻まれた。

「………。」
通路の奥に消えて行くジェクトの姿を、シェリルはただ不安げに見送る事しか許されなかった。

「彼は、あなたのボーイフレンド?」
白衣の女性は思いついたように、唐突にシェリルに耳打ちした。

「――えっ…?それは、その……。」
肯定とも否定とも取れない言葉を、シェリルは口籠もった。
逃げるように俯かせた顔は、真っ赤だった。

「かわいいわね。どこかの誰かさんとは大違い。」
そう言った彼女の視線は、シェリルからその後方へ向けられた。

徐に振り返った先で、バロンがわざとらしい表情で首を傾げていた。

「医務官、もうよろしいですか?」
堅苦しい口調が白衣の女性に向けられた。

「お邪魔したわね。」
彼女の言葉を受けて、兵達は再び隊列を整えシェリル達を後押しするように歩き始めた。

「あの……ジェクトの事お願いします。」
視界を阻まれながら、シェリルは女性に声を飛ばした。

「任せて頂戴。」
彼女は笑みで応えると、白衣を翻し、ヒールの音を響かせて反対側へ消えていった。
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