鏡と虚像とその間
□◆ 第3話
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金色の長い髪がふわりと靡いた。
真っさらな空間に、シェリルの姿だけが浮かび上がっている。
ジェクトは側に行こうとしたが、どういうわけか足はピクリとも動かなかった。まるで体から足が切り離されてしまったかのように言うことを聞かない。
追い掛けたいと願う気持ちばかりが募っていく。
そうしてもがいているうちに、シェリルの姿が泡のように淡く消えて行っていた。
ジェクトは、すがる思いで手を伸ばす。
シェリル…。
だが思いは虚しくも、シェリルの姿は儚く消えた。
「……。」
無表情な天井と目が合った。
彼女の名を呼んだのが現実だったのか、そうではなかったのか、その境すら曖昧だった。
全て、夢であって欲しい…。
くすんだ天井を眺めながらそう思った。
これから、いつもの朝が訪れて、いつものようにシェリルが勢い良くカーテンを開けに来る。
もう5分とせがみながら、ジェクトはルームメイトと布団の中に顔を潜り込ませる。
そんな朝。
それを思いながら、徐に窓の方角へ頭を向ける。
「…?…。」
窓のあるはずの場所には、見慣れないドアがあった。
いつもと違う間取りに、頭が混乱して行く。
動きの鈍い頭の中で記憶を辿っているうちに、小さく金属音が鳴ってドアが開いた。
「気が付いたのですね。気分は?」
部屋に入って来た彼女は、穏やかな笑みを浮かべて言った。
長い金髪がさらりと流れる。
「…シェリル。」
夢で失った彼女がここにいた。
手の届く場所に。
それを確かめるようにジェクトは体を起こした。
瞬間、腹部に激痛が走った。体を折り、痛みに歯を食いしばる。
「大丈夫ですか?まだ、無理はしないでください。」
彼女は、ジェクトの体をゆっくりと横にさせた。
「丸一日、意識が無かったというのに急に動くなんて、なかなか無茶をしますね。」
見覚えのない成年が、部屋の片隅にから声を飛ばした。
漆黒のシルクハットを被った痩躯の男。
「シェリル、あの人誰?」
ジェクトは掠れた声で、鎮痛薬を手渡す彼女に聞いた。
「……。」
沈黙が返ってくる。
彼女は酷く困惑した顔をしていた。
「怪我で記憶が混乱しているのでしょうか?こちら方はシェリルという名ではありませんよ。」
シルクハットの成年も怪訝な表情で、彼女の代弁をした。
頭は、より混乱して行く。
どう見ても、目の前の彼女はジェクトのよく知るシェリルその者だった。
仮に別人だとしても、その姿は鏡に映したような瓜二つの女性。
それとも、あの成年が言ったように記憶がおかしくなっているからだろうか。
自分が自分で信じられなくなる。
これは、夢の続きなのだろうか。
だが、疑心は傷の鋭い痛みが否定する。
何がどうなっているのだろうか。