鏡と虚像とその間


□◆ 第3話
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「黒い鎧…。バロン、もしかして…。」
カナリタの顔が青冷める。

「もしかしないでしょうね。」
バロンは、どこからか取り出したバッチのような物を、細い笑みを浮かべて眺めていた。

「…何者なんだ?」

まるで、触れてはいけない何かのようだった。
だが、シェリルを取り戻すには黒い鎧を相手にしなければならないだろう。
だからこそ、ジェクトは問いた。

「黒のジョーカー。そう呼ばれている騎士です。彼に敵う者は存在しないと言われています。」
カナリタが静かに言う。

「君は運が良かったということですよ。命があったのですから。」
バロンはジェクトに細い笑みを向けて、眺めていたバッチを手渡した。

槍のように鋭いスペードが双方に交差する紋様の描かれた銀のバッチ。
シェリルを攫った男が着ていた青い洋装。その肩に描かれていた紋様と同じものだった。

だが、これが黒のジョーカーとどのような繋がりを持つのかが見えてこない。

ジェクトは、意図を求めるようにバロンに視線を向けた。

「スペード卿の紋章です。君の物ではないならば、シェリルさんはスペード卿に攫われたということに、間違いないでしょう。」
客観的でふわふわとした空気に、どこか不快に感じる細い笑みを浮かべてバロンは言った。

「…つまり、俺は疑われていたということか。」
警戒されていたわけだが、はっきり言われるとは思わなかった。

「まあ、我々としても命を狙われている身ですからね。」

「……。」
一枚上手だったバロンの言葉に感心する半ば、思慮の浅さを突き付けられたように思えて仕方なかった。

「けれど、スペード卿とは関係がないと解ったのでしょう?」
まるで2人の間の波風をフォローするように、カナリタは間に入った。

どうやら主には従順なようで、バロンは自嘲して控えた。

「あぁ、それともう一つ。その紋章から言えるのは、黒のジョーカーがスペード卿と手を組んだということです。」
付け足すように言って、バロンは静かに部屋を出ていった。

「…手を組んだって、元は違ったのか?」
ジェクトは部屋に残ったカナリタに聞いた。

「理由は解らないのですが、黒のジョーカーが今までどこかに所属したことはありません。ただ、まさかスペードと組むなんて…。」
彼女の顔色が曇って行く。

それは、どこかに属することで、黒のジョーカーはより強大な脅威となったという事なのだろうか。

確かに彼は強い。

シェリルの事があって冷静さを欠いていたとはいえ、攻撃のほとんどを読まれていた。

だが、それ程の強者が何故、今更どこかに属したのだろうか。
スペードにはそれ程までに有利となる何かがあるというのだろうか。

「……スペード卿の居場所を教えてくれないか?」
ジェクトは静かに切り出した。

「知ってどうされるつもりですか?」
「決まってる。シェリルを取り返しに行くんだ。」

ジェクトの返答が、予想を裏切らなかった事を残念がるように息を付いた。

「その怪我で?」

止めた方がいい、カナリタはそう言わんばかりの表情をしていた。

「それに、スペード卿の元には黒のジョーカーがいるんですよ。」

「…止める理由は、それだけ?」
ジェクトは、まるで初めから解っていたように、怯むことなく言った。

予想外の反応だったのか、カナリタは言葉を詰まらせた。

「お蔭さまで、鎮痛薬が効いてきたよ。これならなんとかなる。」
ジェクトは軽く上半身を動かして、笑みを見せた。

「けれど…。」
「頼むよ。あいつらは何か、ヤバそうな感じがしたんだ。」
なかなか納得してくれないカナリタに、追い込むようなタイミングで言葉を紡いでいった。

「…東の湿原です。」
カナリタは観念した様子で言う。

「その変わり、私とバロンも同行します。」
有無を言わさない、凛とした口調をジェクトに向けた。

「…でも、命狙われているんだろ?」

「追い掛ける事になるので問題ないと思います。」
カナリタは微笑んだ。

「それよりも、スペード卿は過激派でもあるので、急いだ方がいいかもしれません。」

表で待っているという言葉を残して、カナリタは部屋を出ていった。

鏡越しにシェリルを見ているような女性。
けれど、その御身を顧みないお姫様らしからぬ勇ましさに、圧倒されるものを感じた。
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