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□七つの月
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 乾いた風が暑い夜の闇の中を生暖かく駆け抜けていく。
 連日の太陽の猛火に、それが消えた後の闇さえも渇きはて、僅かな風にさえ砂埃が白く舞った。田に水を引く用水路は干上がり、畑の作物はみな降らない雨に葉の先端から縮れ、赤茶色に変色していった。
 飲み水の命を繋ぐ井戸さえ、もう底の方に残った水を桶を横にして入れないと掬えない。当然、僅かしか水は得られず、地下水ですら干上がってきた恐ろしい現実を人々に突きつけていた。
 そんな夜だった。
 人里離れた山々の奥の奥、人気のない獣だけが行き来する細道を越えて、この五湖山の頂上に一番近在の若い村長が訪れたのは。
「お願いでございます」
まだ先日村小町と評判の娘を妻に迎えたばかりの青年は、この五湖山を司る人ならぬ主に頭を下げた。
「今年は雨がまったく降らず、このままでは村全員が飢え死にしてしまいます。どうか司る五湖の水を一部お分けいただきたいのです」
 頭を平たくして頼む男に、月を背にした銀の髪の男は楽しそうに見つめた。
 この高い山の先には海が月を映して輝き、その手前に山を囲む形にして五つの湖が広がり空の星を映している。
 それはそれぞれに月と星を映し、天空と海と七つの月と、地にも空にも星に囲まれた異世界の風景であった。
 その地を束ねる男は楽しそうに珍しい客を見つめた。
「ここにやってきた人間は何十年ぶりだろうな。お前のその度胸に免じて、水をわけてやってもいい」
はっと男は顔をあげた。
「本当でございますか!?」
「ああ、だが取引だ。俺も自分に得にならないことはしたくない」
「取引…?」
神なのか鬼なのか、どちらにも言われるこの地の主を見つめ、村長は不安そうに呟いた。
「そうだ。十四年後、お前の最初の子供を俺に差し出せ。その子を喰らうことと引き換えなら水を分けてやってもいい」
「それは…」
ー生贄!
ごくりと男の喉が鳴った。
ー村のみんなの命を助ける代わりに、我が子を殺せと言うのか。
あまりに非情な要求に村長は唇を噛み締めた。
 だが村では、もう稲が枯れる寸前まで追い込まれている。このままいけば、間違いなく餓死者が冬に相次ぐだろう。
「わかりました…」
村長は震えながら手をついた。
「十四年後、必ず我が子を差し出しましょう。だから水を」
「俺の言葉には言霊が宿らせてある。一度頷けば、契約を破ればお前の命も村も大津波に襲われるぞ。それでもいいんだな?」
「…はい」
と村長は手を握りしめ頷いた。
 その秋はよく照る太陽と水路に満ちた水のお蔭で近年にない大豊作となった。しなびかけた畑の作物も甦り、村人が大喜びで収穫にいそしむ中、初めての子供を宿した妻は悲痛な面もちで夫と座り込んでいたのである。
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