文庫

□大切なもの 10'10'20
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気配で分かっていたリクオは振り返ろうともせず、平常心の儘口を開け言葉を紡ぐ。




「…何だ、俺は忙しいんだ、離せ。」

「俺を誰だと思ってる、薬師頭領である俺が怪我を見逃すとでも思ったか?怪我人をそう易々と帰すわけにゃいかねぇな。」

「此れぐらい大した事ねぇよ。ただのかすり傷だ、それよりさっきの怪我人を診てやれ。」

「いいから来い!」






無理矢理にでもと言わんばかりにリクオの左手を引っ張り、鴆は己の部屋へとその儘進んで行く。開けていた障子を閉めて掴んでいたその腕を離せば鴆はリクオの方を見る。



「ほら、脱げよ。」

「それが怪我人に言う台詞かい。無理に人を連れてきておいて。」

「自分で怪我人って認めてるじゃねぇか。いいから見せてみろ。」




羽織りをその場に落とし次いでリクオは着物を脱ごうとしたが、面倒と思い腰紐は緩めず両腕を袖から出して半身だけ肌を出す。右腕からは深い傷と血が垂れている。

此れを診た鴆はよく平然な顔で居られたものだと感心してしまう半面心配も募る。またこのような事があれば今みたく我慢するのではないかと。


リクオはそのまま畳みに座ると慣れた手つきで治療する鴆を見ていたが、時折腕から痛みが走ると声には出さないが眉間に皺を寄せ双眸を細める。






「此れでもう大丈夫だ。あとは塗り薬で塗っときゃ治るぜ。」

「有難よ。痛みももうあんまりねぇ…な。流石、薬師一派の頭領で。」

「そう思ってるんなら次からは直ぐ診せる事だな、いいな。手遅れになりゃどうすんだ。」




傷口に薬を塗った後きちんと包帯を巻き、ついでにとリクオの着物も着付けてやる。そのまま痛くない程度己の胸に抱き寄せる。

急にどうしたのかと、鴆の行動に何も反応せずその儘抱き締められた状態で先に言葉を掛けたのはリクオであった。



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