婆沙羅
□朝の日課
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「髪の毛・・・切ろっかな」
「えっ!?」
1房垂れた髪をくるくると弄る彼女の発言に、俺は驚いて梳いていた手を止めてしまった。
現在午前8時10分。教室に担任が来てHRを始めるまであと20分ほどある。
この登校してHRが始まるまでの時間は、恋人である月城の髪を弄るのが俺の日課になっていた。
先程止めた手を再び動かしながら月城に理由を尋ねる。
「切っちゃうの?こんな綺麗なのに」
夜空のように輝く黒い真っ直ぐな髪は、俺の指に絡まることなく重力に従ってさらさらと流れ落ちていく。
枝毛も無く、傷んでもいない月城の髪は、触っててとても心地良い。
「・・・綺麗だろうとなんだろうと手入れが大変なのよ、これ」
面倒そうに呟く月城に納得。確かにこの長さは手入れが面倒だろう。現に、邪魔になるからと結ってやってるのは俺だし。
「ちなみに、切っちゃうならどれ位にすんの?」
「そうだなぁ・・・・肩に付かないくらいとか」
短髪の月城かぁ。俺達が出会ったのは高校に来てからで、その頃から髪が長かったからショートの月城を見たことがない。
「そういや、月城っていつから髪伸ばしてんの?」
「んーと、小6のときから髪は長いかな。時々切ったりはしたけど」
「へぇ」
思い浮かべてみると・・・意外といけるかも。
入学式の日。俺が落とした財布を拾ってくれたのが月城だった。
「あの、財布落としましたよ」
そう声を掛けられて振り返ったとき、少し強い風が吹いた。財布を差し出す月城の髪が、傍にあった桜の花と一緒に風に煽られる姿に、俺らしくも無く一目惚れしてしまったのを覚えている。
それから必死に猛アタックすること半年。俺の粘り勝ちで彼女になってもらった。
そんな思い出に浸っているとあと5分でHRが始まることに気付いた。早く結ってあげないと。
「うーん、やっぱり切ろうかな。いっそのこと肩につかない位バッサリと」
「えーもったいないよ。俺様長い髪好きだし」
後頭部で1つにまとめる。月城はポニーテールが好きだ。俺も好き。
「でも・・・佐助にいつも結んでもらうの何か悪いなーって」
少し俯いたまま呟くように言う月城に内心驚く俺は、動揺が表れないようにゴムを手にとって最後の仕上げに取り掛かる。
な ん て 可 愛 い ん だ 俺 の 彼 女 は !
「よし完璧。これは俺様が好きでやってるからいいんだよ、月城。それに・・・・・・」
「それに?」
振り返って俺を仰ぎ見る月城の頬にキスを送る。初心な月城はすぐに熟れた林檎の様に真っ赤になった。
何か言おうと、しかし言葉が出ないで口をパクパクさせる月城をそのままに自分の席に戻る。
・・・・・・さっきの続き?あぁそれはね―――
髪をいじってる分だけ傍に居れるからだよ、月城。
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