婆沙羅

□囚われ姫
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ちら、と視界を掠めた白い塊に、私は意識を室外に向けた。
閉めきられた出入口の代わりにと開けた窓の外、それはゆっくりと不規則に揺れながら落ちてくる。
ひんやりした風が頬を撫でた。きっと同じくらい冷たいのだろう。そう思うと無性に触れたくなって、私は何かに惹かれる様に庭へ降りた。

広げた手の平を宙に差し出すと体温で一瞬の内に水に変わる。流れを追って空を見上げれば、何ともいえない不思議な光景が広がっていた。
自分に向かってくる筈なのに、まるで天に吸い込まれるような錯覚。
そんな夢幻に見惚れていると、徐々に体温が奪われていく。同時に手足、匂い、音などの感覚が失せていった。

意識が混濁し、自分は何者だろうと存在の輪郭が曖昧になり始めたとき。



「月城!」



体に受けた軽い衝撃でふと我に返った。感覚も元に戻り現状把握に努める。

目の前にあるのは品のいい、薄紫の着流し。確か仕事で忙しい合間を縫ってやって来ていた、彼が着ていたものだ。
そして全身を包む温もりと圧迫感。普段私より低い体温を温かいと感じる程に体は冷えているらしい。
微かに薫る清らかな香はすっかり嗅ぎ慣れたもの。

相手を認識した私は、そっと名前を呼んだ。



「三成様」

「貴様は馬鹿か?雪が降っている時に外に出て」

「そう、なのかも知れません」



苦しいほどに抱きしめるのは石田三成様。眉を顰めながらのきつい問いに苦笑を返す。
その反応が気に入らなかったのか、三成様は私の首筋に顔を埋め歯を立てた。

微かな痛みと、背を駆け抜けるのは沁み付いた快楽。



「私から離れることなど許さない」

「っ・・・・・・はい。心得ております」



少し身じろぐと足元でしゃらりと何かが音を立てた。

それは精緻な細工を施された“枷”

装飾にも見える鎖の先は先程までいた部屋の柱に繋がれている。いとも容易く壊せそうで、非力な私には決して壊せないもの。
仮に壊せたとしても、私は此処から出られない。部屋が大阪城の一角だという事しか知らないから逃げようが無い。
逃げた所で、当てがある訳でもないし三成様に捕まって逆戻りするだけ。
いや、斬滅されるかもしれない。
それに。



「私を裏切るな月城!月城っ・・・」



子供のような、純粋で真っ直ぐな三成様を放っておけない私が居る。どんな扱いを受けても、嫌いになれない。

身も心も囚われた私は、ただもとめられるままに全てを差し出し、与えられる快楽を享受するばかり。


そんな歪んだ二人の行き着く先はきっと―――




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