婆沙羅

□年寄り?餓鬼?
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すっ、と開けた襖の先に広がる光景に思わず閉めた。周りを見渡し、ここが自室であることを確認して頭を振ってからもう一度開く。
が、何一つ変わっていなかった。


「どうした久秀、騒々しいぞ」

「何故卿が此処に居る」

「居心地が良いから」


直球過ぎる理由に言い返す気力が消える。
部屋に居座る主、月城は出会った頃から変わらない体を褥に横たえ、何やら読書に勤しんでいた。
夜も更け早く寝たい久秀だが、全く退ける気配のない月城を見て仕方なく枕元に腰を下ろす。
燭台の炎一つだけの心許ない明かりでよく読めるなと月城の手元を見れば、どこか覚えのある表紙。


「卿、それはどうした」

「この屋敷で見つけた。お前が書いた奴だろ?」


事もなげに頁を繰る月城だが、その手にあるのは性技指南書。いつだったか『真実の愛』を求めて久秀が著したものだ。
熱意や情欲の欠片など微塵も感じられない視線の先には男女が交わる話。
奇妙な組み合わせに久秀はある事を思いついて意味ありげな笑みを浮かべた。


「月城。卿はその本に興味があるのかね」

「ん?・・・まぁ私には“子作り”って概念が無いから興味深くはあるよ」

「ならば・・・・・・」


ぱさりと布団の上に本が落ちる音を片隅に聞きながら月城は目を瞬かせた。
背中には褥、前には怪しげに笑む久秀と天井。動こうにも前後左右塞がれている上、肩を押さえられている。
困惑と呆れを混ぜて見返すと、久秀は答えるように静かに口を開いた。


「試してみるか?その真実の愛とやらを。何、怖がらなくていい」


優しくしてあげよう、と普段より低く艶のある声が月城の鼓膜をくすぐる。
揺らめく影と二人の息遣いのみが支配する中、月城はにっこりと微笑んだ。
そして――――















「年寄りは盛ってないで早く寝ろ」





あの時の顔は傑作だった!と後に笑いと共に月城に語られるほど久秀の表情は酷かった。
あまりの衝撃で硬直する久秀をどうにか脇に転がして布団を掛ける。布団の重みで我に返った久秀は呆けた顔から一転、不機嫌そうに眉を寄せた。


「卿のほうが年上ではないか」


元より人ではない月城の身体は老いを感じさせない。寿命自体が長いため若い部類に入るのだろうが、それにしたって悠に人の寿命以上を生きている。

周りに散乱する本を平積みにしていた月城は手を止めて久秀の方に向き直った。考えること数拍。


「じゃあ訂正しよう。餓鬼は早く寝ろ」

「・・・・・・・・・」


とうとう何も言えなくなった久秀は、不貞腐れてそっぽを向いた。
この存在の前ではいつもそう。口でも力でも勝てない、手に入れようと側に留め置いてもいつの間にかすり抜けていく。
まるで水の様だ。

ひしひしと伝わる久秀の態度は子供が拗ねるそれで、思わず苦笑を漏らす月城。だが向ける眼差しはどこまでも優しい。
最後の一冊を本の山に積み上げ、布団にすべり込む。驚く久秀の頭を撫でながら月城は徐に口を開いた。


「餓鬼には添い寝が分相応だ。何もしないからゆるりと休むがいい」


子供をあやすかのような手つきに段々久秀の瞼が落ちてくる。完全に閉じられる前に腰に腕が回され抱き寄せられた。
一瞬抵抗しかけた月城だが、今日ぐらいは好きにさせてやるかと思い直して目を閉じる。





一際大きく燃え上がった炎は音も無く消え、残るは闇ばかり

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