婆沙羅

□幼い主従と大人な主従
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日差しが多少和らぐ夕暮れ。逢魔ヶ時と呼ばれる時間に差し掛かり人々―特に子供―は家路へと急ぐ。

そんな中躑躅ヶ崎館の庭に小さい影が二つ、近づいたり離れたりを繰り返していた。



「もうそろそろ止めにしません?弁丸様」

「まだまだぁ!」



色素の薄い髪を後ろで括った少年、弁丸の攻撃を受け流す忍装束の少年、佐助。側に腰掛けた山のような武将、武田信玄に佐助はそれとなく訴えかけるが笑って見ているばかり。

勝ってしまう訳にもいかず、さりとて怒り出す為わざと負けることも出来ず困り果てていると、信玄の隣にふわりと風が集まった。



「お館様、只今戻りました」

「おぉ月城か」



現れたのは武田信玄直属の忍、月城だった。
長期の任務を終え、久方ぶりの躑躅ヶ崎にほっと息をつく月城。しかし目の前の光景と弟子の視線を読み取って呆れた声を出す。



「はぁ、止めてあげて下さいよお館様。佐助が困っているでしょう」



一瞬で幼い二人の間に入った月城は一方で弁丸の槍を、もう一方で佐助の手裏剣を止めた。



「さあさあ、今日はここまで。とりあえず片付けてきなさい」



素直に返事する頭達を撫でて見送ると、月城は信玄の前に片膝を付く。
任務の報告、おまけとして道中見てきた各地の様子を話し終える頃になると向こうから佐助の制止する声が聞こえた。

構わない、と主から許可を貰い、姿勢を崩して手を広げた。
猪の如く突進してくるちびを全身を使って受け止める。あとから来たちびは始め遠慮していたが、手招きすると戸惑いながらも腕の中に納まった。



「二人ともずいぶん成長したねぇ。そろそろ一気にはつらいかな?」

「なに、まだまだ平気だろう」

「そんな事はないですよお館様。私もいい歳ですから」

「冗談も大概にしてくださいよ師匠」



主と弟子に突っ込まれながらもとぼけていると、話に付いていけない一人が不安げに首を傾げた。



「月城は、どこかへいってしまわれるのか?」

「ん?・・・大丈夫だよ弁丸様。こんなに可愛い子達を残してなんか“いけない”からね」



にっこりと微笑んで抱き上げている腕に力を込めた。弁丸は月城の言葉を丸呑みして表情を明るくしたが、佐助と信玄は影を感じ取り笑顔に苦みが走る。
分かってしまった二人を見て月城は泣き笑いじみた顔をするが、それも一瞬の事ですぐに元へと戻った。


そして信玄へと向き直る。



「明日、一日暇を頂いてもいいでしょうか。弁丸様と佐助がどれだけ成長したか見たいですし」

「明日だけと言わずに二、三日休むとよい」

「ありがとうございます。では、そろそろ夕餉に致しましょう」



移動しようと母屋の方へ足を向けた時、ゆらりと立ち上がった信玄が月城の後ろに回りこんでいきなり横抱きにした。
驚いた月城は条件反射で腰の得物に手を伸ばしかけたが、二人の幼児によって塞がれている。不敬と思いつつ間近に迫った主の顔を見遣ればしてやったりと嬉しそう。

どうやら計算されていたようだ。


主には勝てないと、幼少の頃より仕えていて分かっている。
それを再確認してため息を一つ吐くと、はしゃぐ腕の中身を落とさないように抱え直し、こんなのも偶にはいいかなぁなんて思いながら運ばれていった。


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