婆沙羅

□捕食
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仕事の帰り道、近くを通りかかりふと思い出した顔があった。
そのままの勢いで屋敷に押し掛けると、いつもなら何度か突っ返されるのに珍しくすんなりと通された。

部屋に居た屋敷の主・月城は、ゆったりとした服で足を崩して煙管を吹かしている。家康はその正面に腰を下ろした。



「突然の訪問、申し訳ない」

「構わないさ。丁度退屈してた所だったからねぇ」



読めない笑みを浮かべる月城に少しの違和感を感じる。普段から感情は読めないし、喰えない奴だとは知っていたがどこかがおかしい。

一抹の不安を抱えながら世間話をする。相も変わらず冷めた目で世情をぶった切る月城は、唐突にこう宣った。



「三河の、美味しそうだな」

「は?」



ぽかんとしている家康の肩を月城は軽く突き飛ばすように押した。油断していた家康はあっさりと倒れ、その上に月城が跨がる。



「な、何してるんだ月城・・・っ!」



あろうことか月城が首筋に舌を這わした。思わずあげそうになったあられもない声を手を噛んで抑える。

そんな事お構いなしに月城の行為は止まらない。



「月城、止めろっ・・・・・・うあ」

「ふむ、やはり美味しそうだ。でも流石に食べてしまうのはなぁ」



耳元に顔を寄せて囁く。いかにも楽しいといった表情の月城は手を伸ばして襟元をはだけさせた。徐々にあらわになる胸の感覚に肌を紅に染める家康。

舌は首から鎖骨、胸へと降りていく。止めさせようと肩を掴んだがそれ以上動けないでいた。



「どうした?三河の。そんなに顔を真っ赤にして」

「はぁ、はぁ・・・月城、お願いだから止めてくれ・・・・・・」

「ふふっ、なら突き飛ばせばいい。いくらなんでもお前の力には敵わんよ」



正面から見据えて唇を一舐め。普段の気怠さの中には見えない艶やかさに心臓が脈打つ。


家康は、別に月城が嫌いな訳ではない。寧ろ淡い恋慕を抱いており、半分願ったり叶ったりな現状だ。ただ、男としての矜持があるし想いを確かめないままは嫌だった。

何度も口を開きかけ、しかし言葉が出て来ず混乱する。何を聞けばいい?何を言えばいい?
月城はただ緩く首を傾げて見つめてくるばかり。


――ならば自分の想いを伝えよう

そう意を決した時。



「おーい、月城・・・・・・」

「・・・・・・」

「時機が悪いねぇ、西海の」



障子を勢いよく開けたのは西海の鬼こと元親。繰り広げられた光景が信じられないと何度も目を瞬かせながら状況の把握に努める。

結論として立ち去ろうとした元親を慌てて家康は呼び止めた。



「も、元親待ってくれ!」

「にゃんにゃんしてるのに俺を巻き込むな」

「誤解だ!」

「ククッ・・・あはははっ!」



あまりにも必死すぎる姿に堪えきれなかった月城は、珍しく声を上げて笑った。唖然としている元親には部屋に入るように、家康には謝りながら退けて元の位置へと座り直した。

荒い息を整えながら身を起こす家康の隣に来た元親は、気遣いつつも月城に視線を送る。笑い過ぎて目の端に滲む涙を拭うのがあまりにも貴重な姿で、何をそんなに笑う事があるのか不思議だった。



「す、すまない。少々揶揄うつもりが予想以上に面白くて」

「少々?そうは見えねぇけど・・・」

「ワシは本気で喰われるかと思ったぞ」

「ははっ、食べないよ。私は無駄に殺さない主義でね」



ふざけ過ぎたお詫びに夕餉をご馳走しよう、と笑いを収めて女中に指示を出す為に立ちあがった月城が、家康にしか聞こえない声でぼそりと

「食べないよ、今はね」

という言葉と意味ありげに浮かべた微笑に、再度顔を赤くする事となった。



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