婆沙羅

□雷鳴の中
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空が白く瞬き数拍の後雷鳴が轟く。

その度に向かいで書を広げる彼女が肩を揺らすのを見て吉継は口元を緩ませた。




彼女――月城との出会いは一月ほど前、晴れた夜の日の事で、吉継はその時屋敷の庭に出ていた。


新月の所為でいつもより爛々と輝く星々を眺め、屑星の一つぐらい落ちてこないものかと思案していた。
そこでふと、数珠を空中へ舞わせてみた。しばらく無意味に操るが何も起こらず、



「そうよなァ。此れしきの事で落ちてくるわけもあるまい」



と、落胆したような安堵したような気分を味わうだけだった。


そろそろ寝ようかと最後に手を一振りした時、突然空から人が降ってきた。
咄嗟に数珠で受け止めたのは女で、しかも見た事のない身なりと言葉を使う。警戒6割興味4割で問い詰めると未来から来たと言ってのけた。

自分が呼んだ(かもしれない)上、何かしら不幸を与えてくれるかもと期待して側に置いたが、不幸どころか幸ばかりを周りに与えている。

それでもいいと思っている自身が居たのに気付いた時は驚いたが、どうする事もできなかった。





部屋で稲光が輝き間髪入れず轟音が響く。どうやら近くに落ちたようだ。

ひっ、という小さな悲鳴が漏れ聞こえ、吉継は書状を書く手を止めて筆を置いた。



「月城」

「は、はいぃっ!」



物凄い勢いで体を起こした月城の声は涙混じり。笑ってやろうと吉継が声を上げかけた。

しかしそれは雷鳴によってかき消され、月城は身を縮めて震わせる。いかにも小動物といった様子に、いつも通りの加虐心と、それと同等の愛おしさが生まれた。



「月城、此方へ来やれ」



のろのろと顔を上げてゆっくりとした動作で吉継の元へと近寄る。側に腰を下ろしたかと思うといきなり腰に抱きついた。驚きで硬直したまま目を見開く吉継に気付くことなく月城は腹部に顔を埋める。



「ッ!?」

「うぅ〜吉継さん怖いです」



吉継に心の中には疑問ばかりが浮かんだ。


――何故我に抱き付く。病に冒されている我の身体に。


皆が気味悪いと避けていくのに、月城だけは会った時から病だといって逃げる事はなかった。

爛れた肌を偶然見たときも汚物を見る目ではなく労わりの目を向けた。


分からぬ、この女の考える事が。


何度拒絶しようと看病したいと言って聞かない。いくら壁を作ろうと力尽くで壊して飛び越えてくる。あの三成でさえ心を許す程だ。


いつからかその陽だまりの様な笑顔に凍てついた心が溶かされていた。



「・・・ヒヒッ、変わった女よ」



未だ動揺して上手く動かない手がゆっくりと月城の頭を撫でる。少しずつだが確実に震えが治まり、体から力が抜けていった。
しばらくすると、すぅすぅと柔らかな寝息が聞こえてくる。その頃には雷も遠くへ行ったようで、少し落ち着きを取り戻した雨がしとしと降っているだけだ。



「まぁ、偶にはこういうのもよかろ」



吉継はヒヒッと笑みを一つ零してから、書きかけの書状へと向き直ったのだった。




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