婆沙羅
□雨
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―ザアァァ―
響く雨音に私は目を覚ました。
何度か瞬くと見慣れた天井が浮かび上がる。
まだまだ夜の気配が濃い。再び眠りに就こうとしたがはっきりとした頭では無理そうだ。
諦めて身を起こした時、微かに金属音とどさりと何かが倒れる音がした。
私は手近にあった上着を羽織って部屋からそっと縁側へと出た。
目に入るのは予想通りの光景。
ごろごろと死体が転がる中突っ立ってるのが一人。
その人は全身濡れ鼠で、空を仰いでいた。纏う藍の着流しの至る所が赤く染まっている。――恐らく血だろう。
手には服同様血に濡れた一振りの刀が握られ、殺したのが彼だと容易に知れた。
目を閉じた横顔には一切の表情が窺えない。それが私には何かに祈るように、あるいは許しを請うように見えた。
本人に言うと笑われるだけだが一種の神々しささえ感じる、通り名にふさわしい姿。いつまでも眺めていたいけどこのままだと風邪を引かせてしまう。
この地を治める彼の立場を考えると放っておく事は出来ない。仕方なく私は声をかけた。
「兄上・・・」
「・・・っ、月城か。こんな時間にどうした?」
一瞬目を見開くが、すぐにいつもの余裕の笑みに変わる。
他人に弱みを見せない兄上の癖だ。
私は何か言わなきゃと思って口を開いたが言葉が見つからず言いよどむ。ならばと兄上の元へ駆け寄って抱きついた。
「おいおい、汚れちまうぞ」
私を引き剥がそうとしていたが、腕に力を込めたら諦めたらしく、私を優しく抱き返してくる。
長い間外に居たようで体が冷えていた。少しでも体温が伝わるようにと更にくっつく。
「ごめん、兄上ばかりに背負わせちゃって・・・・・・」
腕の中から右頬に手を伸ばす。雨に熱を奪われた冷たい頬。そして指先に触れる鍔でできた眼帯。兄上は、時折眼帯を押さえて左目に悲しげな光を灯す。
この目の所為で母上に嫌われていた。何度代わってあげれたらと思ったことか。結局何も出来なかったけれど。
そして足元に転がっているのは、私の命を奪うために送り込まれた忍達。
私は親族たちの道具でしかない。いつかは顔も知らないどこかの大名に嫁ぐことになるだろう。そこに私の意思はないし必要ない。
しかし、そんな人形の私を殺すことに価値があるらしく命を狙われる。その脅威から守ってくれるのはいつも兄上だった。
「月城・・・・お前の所為じゃねぇよ。それに色々背負わせてるのは俺の方だ。なのに俺に出来る事っていったらこれ位しか」
「ほんと、ごめん・・・・・・。怪我してない?」
あまりにも血だらけだったから恐る恐る聞いてみる。
「Don't worry。独眼竜の名は伊達じゃねぇ。・・・そろそろ部屋に戻れ」
「うん」
空を見上げていたときとは違う、柔らかな雰囲気に安心して私は頷いた。
兄上が私の手を引いて部屋まで送ってくれた。大人しく部屋に入って布団に潜り込むと睡魔が襲ってくる。
―ザアァァ―
雨の音が聞こえる。
願わくば、この雨が私の愁いと兄上の瞳の奥に見える悲しみを洗い流してくれますように・・・・・・
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