婆沙羅
□月見酒
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ようやく涼しくなってきた頃の事。
今宵は十五夜。雲も少なく月が綺麗に輝いていた。
もうすぐ旦那様――政宗様としばらく会えなくなる。いい機会だからと思い、政宗様の元へと向かった。
部屋に行くと、政宗様は縁側の柱に寄りかかっていた。
私は側に寄り、声をかける。
「政宗様」
「・・・月城か。どうした?」
「あまりに月が見事なもので。一つ如何でしょう」
持ってきた銚子と杯を掲げると嬉しそうに笑った。その顔が子供のようだったから、私もつられて笑ってしまう。
杯を手渡し酌をする。それを口に運びながら月を眺めている姿は美しく格好良い。
だがどこか張り詰めた、危うい空気を纏っていた。
「なぁ、月城・・・」
「はい」
空になった杯にお酒を満たす。くるりとした渦が治まれば、月に照らされた政宗様が映る。
やはり、いつもの余裕は見受けられなかった。
軍師の経験がある私から見て、近々始まる戦は圧倒的な兵数の差で、苦戦を強いられる状況だった。地の利を生かすにしても、犠牲は少なくないだろう。
その先頭を突っ切る政宗様。いくら小十郎様が居るとしても全くの無傷は難しい。最悪の場合は・・・・・
「もし俺が死んだら、」
「政宗様、知っていますか?」
予想の範疇内の言葉が出てきて、私はわざと途中で遮った。普段はこんな事しないから、振り返った政宗様は眉根を寄せている。
「今宵は十五夜。この月見をしたなら長月の十三夜も月見をしないといけないんですよ」
「why?」
「どちらか片方だけ見ることを『片月見』といって、災いが起こるらしいのです」
「Hum」
軽く身構えていた政宗様はまた柱に身を預け杯を傾けた。
大してこの話に興味は無いようだが、聞いているならいい。
「政宗様は奥州を統べるお方。その災いは民に降りかかってしまうかもしれません」
「何だよそれ・・・・」
俺の所為かよと呆れながら空になった杯を置いた。
それを退かして私は政宗様の隣に座り直し、両手で包み込むようにして左手を握った。
「だから、ちゃんと帰ってきてください。政宗様はもう、一人じゃないんです」
目を見開く政宗様から、少しだけ危うい空気が薄れた。
あともうちょっと。
「それに、国を統べる者が簡単に”死んだら”などと口にしないでください。下の者は何も言えなくなってしまいます。
私は、貴方様が死んだら後を追うか、他の方に娶って貰って生きます。それが嫌なら死なないでください」
「月城・・・・・」
完全に張り詰めた雰囲気は消え、黙り込んだ政宗様は私の膝に頭を乗せてきた。私は髪を梳いてやりながら次に続く言葉を待つ。
「・・・・・・悪かった」
「分かれば良いのです。なんなら今度の戦、私も参加しましょうか?あぁ、それが良いかもしれません」
ポンと手のひらを叩いてそう言った途端ガバッと起き上がって
「それは絶対にダメだっ!」
と言われてしまった。
確かに政宗様や小十郎様には劣るが、私の剣の腕はそこそこなもので、そんじゃそこらの男には負けない。
政宗様の妻となる前は普通に戦に出ていた。少し体が鈍っているかもしれないが出陣にはまだ時間がある。明日から鍛えれば何とかなるだろう。
色々と提案してみるものの全てNO!と言われてしまった。
「では、私はここをお守りしています。なので無事に帰ってきてください。You see?」
「I see」
普段されるのを真似た問いに柔らかく頷いた政宗様。
どちらからともなくした口付けを、月だけが温かく見守っていた。
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