婆沙羅

□流れ星
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現在地自室の屋根の上。警備の担当も任務も終えて束の間の休息に一人ボーっとしている。


雲一つない空に輝く星々を眺め、普段ならただ邪魔になるだけの存在が実はこんなにも綺麗なのを知った。
手を伸ばしたら届きそうなくらい近く見える星。まぁそんな事はありえないとすぐに否定して自嘲の笑みを滲ませた。



「あ、流れ星!」



自分のものじゃない声が聞こえる。ついでに言えば隣に気配も感じる。横目でちらりと窺えば自ら偵察へと赴いているはずの人が笑顔を向けていた。

あぁ、ついに幻覚が見えるとは。よっぽど疲れてたんだな私。



「ねぇ、無視は傷付くなー俺様」

「・・・予定ではもう少しかかるのではなかったのですか」

「それが意外とあっさり終わってさ。早く月城に会いたくて帰って来たって訳」

「・・・・・・もう理由に関しては突っ込みません。お帰りなさい、長」



そんなに邪険にしないでよ〜と擦り寄ってきたのは真田忍隊が長、猿飛佐助。私の直接の上司に当たる人だ。

忍としての腕も部下や主からの信頼も厚い彼は、時折こうして揶揄ってくる。初めはいちいち反応していたが既に慣れた今では無視か受け流す事を学んだ。


すぐに休むもんだとばかり思っていたが、隣にごろりと横になっている。楽しげに空を指差して話しかけてきた。



「また流れた。なんかいいことありそうだね」

「ただの星でしょう」

「そうだけどさー風情があるじゃん、そういうの」



風情がある、のか?私には誰かの命が流れているようにしか見えない。
そう伝えると帰ってきたのは苦笑と沈黙。まあ人を殺してる分際で言える事じゃないから当たり前の反応か。

何か話題を変えなければと思っていると、月城は知ってる?と前置きがあった。



「星が流れている間に三度願い事を唱えると願いが叶うって話」

「そういえばそんな話がありましたね」



母から子へと語られるお伽話の中の一つにあった気がする。
実際は瞬くほどの時間では不可能だし、そもそも星が人の願いなど叶えてくれる筈がない。

おおよそ疲弊して何かに縋りたいと感じた民が生み出した話だろう。



「それでさ、月城ならどんな願い事する?」

「私ならですか?」



何だろう、私の願いって。色々考えてみるがどれもしっくり来ない。
当たり障りのないものは・・・



「主達の健康、とかですかね」

「えー夢がないな〜。何かないの?彼氏欲しいとか」

「忍としてどうなんですかそれ。あと物欲のどこが夢なんです?」



”忍は道具”という考え方が染み付いてしまっている私に、特に欲しいものはない。割と現状に満足してるし。


忍を人として大切に扱ってくれる主

純粋で初心な甘味好きの主

頼れる同僚と部下

尊敬できる優秀な上司


確かに仕事はきついが、大切な主達のため、主達の治める民草のためと思えば苦にならない。


社交辞令にも聞こえるそれは、紛れもなく本心だった。



「なら長はどんな願い事をします?」

「ん、俺様?そうだな〜」



へらへら笑って心の内側を見せない彼は何を願うのだろうか。

興味が湧き上がり黙って返答を待つ。適当にあしらわれるかとも考えたが、長は頭の後ろで手を組み、寝転がったまま意外と真剣に考え始めた。


思い付くのは給料上げて欲しいとか休み欲しいとか。だから、彼の口から出てきた言葉に驚きを隠せなかった。



「そうだなー俺様は・・・告白する勇気が欲しい、とか」

「何ですかそれ。よく誰彼構わず口説いてるのに。かすがさんに言わせれば『変態猿』だそうですけど」

「うわっそれ酷くない?!俺様傷ついちゃう」



なんて言いながらいつものへらりとした笑みを浮かべる。
でも願いを語った時の目は真剣で、嘘はないのかも知れない。

予想外の言葉に少なからず動揺した私は、答えるつもりはなかったのに口が動いた。



「いつものノリで告白すればいいじゃないですか。大抵の人はいちころでしょう?」



忍とは思えない明るい茶色の髪に整った顔立ち。無駄な肉のない細くしなやかな体に低い美声。それで甘い言葉を囁かれたら骨抜きになるだろう。

その様があっさり想像できる。隣に並ぶ綺麗な女性、楽しげに会話する姿。

違和感なさ過ぎだ



「よし、決めた!」

「ん?何がです・・・っ!」



気付いたら長が目の前に迫っていた。肩を押され屋根に背中をつける。逃げようにも長が覆い被さるように私を見下ろしていて身動きが取れない・・・・・・って私、長に押し倒されてるっ?!



「どうしたんですか急に」

「月城、俺は月城のことが好きだ」

「へ?」



言葉を一生懸命噛み砕いてみる。

すき、スキ、隙、梳き、空き、鋤、透き・・・・・・好き


やっぱり“好き”だよね・・・

何言ってんのこの人
酔ってるのか?



「もしかしてお酒飲みました?」

「飲んでないよ。てかなに、信じらんない?」

「信じられる訳ないでしょう。私のどこに魅力があるんですか」

「いっぱいあるよ。優しい所とか、おっちょこちょいな所とか、俺にはない強さとか・・・」

「わわわ、それ以上言わないでください」



顔に熱が集まるのが自分でも分かる。なんでそんな事が恥ずかしげもなく言えるんだ。物凄く不思議である。



「で、返事は?」

「返事って・・・」

「俺様の渾身の告白の返事。月城が言ったんだろ?いつものノリで告っちゃえって」

「い、言いましたけど私にだとは・・・」

「返事は?」



口元は笑っているけど、目はまたも真剣で。だから、私も真面目に長のことを考えてみた。


私は長のことをどう思っているのだろう。
嫌い・・・ではない。寧ろ好きだ。
でも、それは頼れる上司として、尊敬できる忍としてであって異性としてではない。



「長のことは好きです。でも、長の想う好きと私の想う好きは違うと思います」

「ふぅ〜ん。そっか・・・」



いつものようにへらりと笑み崩れる。やっと開放されると安堵の息をついた。

が、



「じゃあ、まだ脈ありだね」



と言った長の顔が近づいてきて、額に当たる温かく柔らかい感触・・・・・・・・・



「あはー、ご馳走さま♪絶対俺様を好きにさせてみせるよ・・グフッ」



驚いたのと、恥ずかしいのとでついつい長の腹に拳を入れてしまった。

この後、長が任務に支障を来すほど付き纏うようになるとはこの時はまだ知らない話。



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