婆沙羅
□似た者同士
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秋も深まってきた10月の半ば。今日は久し振りに彼氏に会えるとあってちょっと浮かれている私。
そんなんだから待ち合わせ場所に約束の時間より30分も早く来てしまった。いつも私より早く来ている彼氏は、さすがに30分前には来ていない様だ。そしたらいつも結構待たせてしまっている事になるからちょっとだけ安堵する。
近くのベンチに腰掛けて携帯を開く。最近ちょっとハマっているテトリスで時間を潰すことにした。
しばらく遊んでいると彼からメールが来る。
『悪い。少し遅れる』
彼らしい簡潔な文。時計を見ると約束の10分前。生真面目な彼の事だ、約束の時間より5分ほど遅くても遅れるとメールしてくる。という事はそれ程待つことは無いだろう。
なら、ここで待っていよう。風がちょっと冷たいけど日差しは暖かい。それに、早く会いたいし。
そう結論を出した私は、再びテトリスを始めた。
「はぁ・・・・・・」
現在午後4時半。約束の時間から30分、私がここに来てから既に1時間が経った。太陽はビルの山々に隠れ、空を赤く染め上げていた。
さっきよりも風が強くなり、携帯をいじっていた指先に息を吐きかけるが温まるのは一瞬でとても冷たい。なのに何故か全身に寒さは感じず、逆に少し暑いくらいだった。
「まだかな・・・・・・」
携帯をカバンに仕舞って周りを見渡すと、向こうから走ってくる人影が見えた。がっしりとした体躯、黒髪を後ろに流し、仕事終わりなのであろうスーツ姿。
「小十郎さん!!」
私の彼氏、片倉小十郎さんだった。
私はすぐにベンチから立ち上がり、小十郎さんに駆け寄って抱き付いた。小十郎さんは私をちゃんと受け止めてくれる。
「悪い、月城。仕事が長引いちまって」
「ううん、大丈夫だよ小十郎さん。仕事の方は終わったの?」
「あ、あぁ・・・・・・」
腕の中から見上げると、少し疲れたような顔をしている。それに歯切れの悪さ。きっといくつか上司の政宗さんに丸投げしてきたのだろう。急いで来てくれるのは嬉しいが、それで周りに迷惑がかかるのはよくないと思う。
それに。
「あまり無理しちゃダメですよ?小十郎さんを必要としている人は多いんだから」
体格はいいし、髪はオールバックにしているし、政宗さん以外には口調が少し荒れるし、極めつけは左頬にある傷。強面である彼は初対面の人を怖がらせる。
だけど、仕事の早さと丁寧さには定評があるし、面倒見の良い性格は皆に慕われている。
政宗さんからは全幅の信頼を置かれ、小十郎さんが抜けたら仕事に結構な支障が出るだろう。
「・・・あぁ、気を付ける。じゃ、行くか」
体が離れ、私の右腕がとられる。先に歩き出した小十郎さんに続いて私も足を踏み出した。
その時――
グラリ
視界が揺れ、目の前の景色がぼやける。
「月城っ!」
小十郎さんの声を聞いたのを最後に、目の前が真っ黒に塗りつぶされた。
「あれ・・・・」
目を明けると見慣れない天井が広がっていた。よくよく見ると小十郎さんの部屋だ。首を巡らせると小十郎さんがこっくり、こっくりと舟を漕いでいた。
ふと左手に暖かさを感じて持ち上げてみると小十郎さんが握っていた。
「ん。月城、気付いたか」
「起こしちゃったね。ごめん」
「いや、構わない」
起きた小十郎さんは、私の額に濡らしたタオルを乗っけた。
ありがとうと礼を言いつつ今の状況の把握に努める。何で小十郎さんの部屋で寝てるんだろう、私。
「全く、俺に無理するなと言えた義理じゃないな、月城。お前、あの公園で倒れたんだぞ」
「・・・倒れた?」
「あぁ。何度呼んでも気付かないし、熱があるようだったから俺の部屋に運んで寝かせた」
ほら、測れといって渡された体温計を脇に挟む。しばらくするとピピピと音が鳴り、見てみると37度8分あった。道理で寒さを感じなかったわけだ。
「どれ、見せてみろ」
体温計を渡すと、小十郎さんの眉間に皺が寄る。うぅ、流石に恋人でもちょっと怖い。
「・・・また少し上がってるな。とりあえず何か食って薬飲んで寝ろ。今お粥作ってくる」
部屋を出て行く小十郎さんの後姿を見送って、私の現状を整理する。
えっと、ここは小十郎さんの部屋。何度か来た事があるから見覚えがある。で、私は今熱を出して寝かされている。体は・・・頭が痛いのと、全身がだるいのかな。あと少し喉が痛い。こりゃ喉からくる風邪か。私に多いパターンだ。でもここ数日別に痛みは感じていなかったんだけどな。
「何ぶつぶつ呟いてんだ?」
「へ?」
お粥を持ってきた小十郎さんに指摘される。どうも全部声に出ていたようだ。恥ずかしい。
少し体温が上がるのを感じながら起き上がり、器によそられたお粥に手を伸ばす。スプーンで少し掬ってふぅふぅと息を掛けて口に入れると、丁度いい味の濃さと野菜の甘味が口いっぱいに広がった。
「おいしい。この野菜、小十郎さんが?」
「あぁ。美味しそうで何よりだ」
そう言って笑うと、ちゃんと歳相応に見える。いや、野菜作りが趣味なのだから中身は意外とおっさんなのかも知れない。
そう考えてクスリと笑ったら少し睨まれた。だからちょっと怖いって。
どうにかお粥を食べ終え、薬を飲む頃になると少し寒気を感じ始めた。部屋は暖かいし、体温も高いはずなのに。
自分の肩を掻き抱くが悪寒が治まらない。
「・・・また熱が上がったんじゃないか?とりあえず寝てろ」
私の様子に気付いた小十郎さんの言葉に従って布団に潜り込む。小十郎さんはお盆を持って立ち上がった。
その時、私は何を思ったか小十郎さんの袖をはしっと掴んだ。
「!・・・どうした?月城」
「え?」
無意識のうちの行動だったようで、私は慌てて手を離す。
「な、なんでもない」
顔と手を横に振るけど、小十郎さんは側に座り直して私の頭を撫で始めた。
男らしい、骨ばった大きな手。でもとても暖かくて、優しくて、徐々に瞼が重くなっていく。
そういえば。
「ごめんね。久し振りのデートだったのに」
お互い仕事が忙しく、休みが合わないからデートなんてほとんど出来なくて、今日は会うのでさえ久し振りだったのに。
「別に構わねぇよ。・・・お前は一人で何でも抱え込む癖がある。たまには俺に頼れ。それとも、俺は頼りないか?」
「ううん、そんな事無いよ。でも、小十郎さんだって何でも抱え込んで私を頼ってくれないもん」
だから、いつも心配なの。いつか過労で倒れてしまうんじゃないかと。
「忙しくてもちゃんと連絡入れてくれて、私の心配してくれて・・・・・・なんでも完璧過ぎるからいつか壊れちゃうんじゃないかっ・・・て・・・・・・」
最後の方は涙でかすれてしまう。熱の所為で普段言えない本音が出てしまった。まぁいいや。こんな時じゃなきゃ言えないだろうし。
少々子供っぽくなってしまった私の言葉に、小十郎さんは微笑みながらずっと頭を撫でてくれる。
「分かったから、今は休め。しばらくしたらまとまった休暇が取れる。そしたら旅行にでも行こう」
「うん・・・」
渡されたタオルで涙を拭いながら頷く。私の意識はそのままゆっくりと溶けていったのだった。
数日後―――
「大丈夫?小十郎さん」
「・・・これが大丈夫に見えるか?」
「見えません。だから私が看病しているんだけど」
すっかり元気になった私ですが、逆に小十郎さんが風邪を引いてしまいました。
「やっぱり疲れてたんだね。言ってくれたらあの日家デートにしたのに。結局はそうなっちゃったけれど」
「・・・・・・久し振りだったから舞い上がってたんだ」
照れながら言う小十郎さんにキュンとしたのと同じ想いを抱いていたのは秘密である。
似たもの同士
だからお互いのやる事が同じだったりする。
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