婆沙羅
□貴女は腕の中で空を仰ぐ
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「月城っ!」
彼女の体が完全に地に付く前に駆け寄り抱き留める。胸の辺りからは真っ赤な血が溢れていた。
そして息も絶え絶えに俺の名前を呼ぶ。
「幸村、様・・・」
「月城、しっかりしろ!」
「申し訳、ありません・・・・・・もう・・・貴方様の・・為に・・・刀を・・・振るうこ・・と・・・かなわず・・・」
「月城もういい。しゃべるなっ」
途切れ途切れに聞こえる謝罪の言葉。時が経つにつれ色を無くしていく顔。
目の奥が熱くなってくる。きっと今、自分の表情はかなり歪んでいる事だろう。
すると月城は、自分の頬に手を伸ばしてきた。指先が震えている。多分体が思うように動かないのであろう。
自然と涙が零れてしまう。なんて情けない男なのだろう。自分は。
「幸村さ・・ま・・・・泣か・・いで・・・・くだ・・さ・・・」
苦笑しながらそういって涙を拭ってくれる。その手に自分の手を重ねると微かな温かみを感じる。
この綺麗な手が自分は大好きだった。
自分がまだ「弁丸」と名乗っていた頃に、遊び相手として連れてこられた月城。大人びていた貴女を最初は姉のように慕っていた。
そのうち、事あるごとに頭を撫で、抱き締めてくれる月城を一人の女性として愛し始めてしまった。
その頃にはもう主従関係になっていて、公の場では忠実な従者として接してくる彼女にどれほど胸を締め付けられたことか。
でも2人きりの時は昔のように接してくれた。それがとても嬉しかった。
この想いを何度も告げようと思った。しかしそうすれば迷惑がかかる。
だから絶対に護ろうと心の中で誓っていた。
なのに。
抱き締めている月城の体が徐々に冷えていく。瞼がゆっくりと閉じていく。
「月城?月城っ!寝てはならぬっ、もうじき佐助が来る。それまでの辛抱だ。・・・某を、俺を置いて逝かないでくれ・・・・・・っ」
まだ話したい事があるのに。頭を撫でて欲しいのに。抱き締めて欲しいのに。名前を呼んで欲しいのに。想いを伝えていないのに。
「また・・・いつ・・・の・・・よう・・に・・・・そら・・・・なが・・め・・・なが・・・ら・・・・・・だんご・・・たべ・・・・・・」
いつものように。そういって静かに、だがしっかりと目を閉じた月城はただ眠っているようにしか見えない。
「月城、月城、月城・・・・・・っ」
僅かな温もりを残す体を抱き締め、名前を呼び続ける。しかしもう目覚めることはなかった。
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