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□陽炎
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日吉の部屋にはクーラーがなかった。



まだ昼前とはいえ、真夏の締め切った部屋は、まとわりつくような熱を持っている。
連日の、猛暑を通り越して酷暑というべき天候に、部活動停止が余儀なくされた。


「毎日毎日、よく飽きないな、お前」
「飽きるよー。ベンキョー嫌いだもん、おれ」
「…そうじゃなくて、」
日吉はそこで眉間にシワを寄せ、視線を鳳から手元の麦茶に移した。
氷を入れたタンブラーの表面の水滴が、幾すじも流れて小さな水溜まりを作っている。

「うん。日吉に会いたいから毎日宿題持って来てる。飽きない」
「……」


日吉はその言葉から逃げるように麦茶に手を伸ばした。日焼けしたせいで、いっそう華奢に見える指が水滴に触れる。

一口飲んで上下する喉元を、鳳は見つめた。

「…日吉は飽きるの?」
うっすらと汗ばむ首筋から鎖骨にかけてのラインに今すぐ触れたいと思った。
「何が…?」
「毎日、おれに会うの、嫌?」

タンブラーを掴む指先が白くなった。

「毎日、学校でだって会ってるんだから、変わんねぇだろ」
視線を手元に落としたままそう答えた。
鳳がいつもこの質問をするたび、そうやって返した。同じ質問ばかり何度問われているのだろう。

「学校がなくてもこうやって会ってくれてるでしょ?」
「っ…だから、」


だから、嫌などではないのだ。決して。それは絶対にないのだ。

だから、こうして暑い真夏に、馬鹿みたいに部屋の窓という窓扉という扉を締め切っているのだ。


そんなことは鳳も良く知っている。



「嫌じゃないの?」
「……あたりまえだろ」


こういうやりとりの一々が、もどかしくて仕方なかった。



連日の暑さのせいで熱の籠もった、日吉の締め切った部屋。
暑くて思考力は低下しそうだった。ただ、目の前にいる相手だけがやけにはっきりとして映る視界。

肌を伝う汗を追う視線がぶつかった。


「………」
「良かった。嬉しい」




優しい口調とは全く違った強さで腕を引かれる。
倒れこんだ先の鳳の体は熱くて、なんだかほっとした。


体温の上がった身体同士、触れ合う場所から更に熱が広がっていく。最早自分の身体がどこに位置しているのか分からない。

触れていると力が抜けていくような感覚に襲われる。






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