宝物

□愛する故の別離
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「別れよう」


あたしは一言、目の前にいる彼氏に面と向かってそう言い放った。
孝介は当然、瞳を大きく見開いてそんなあたしを見ていたけど、その視線に耐えられずまるで今し方の出来事がなかった事の様にあたしは彼から背を向け、この場を去ろうと一歩踏み出す。


「…おい、ちょっと待てよッ!」


あたしは一刻も早くこの空間から逃げ去りたかったのに、後ろにいる孝介がそうさせてはくれなかった。
焦った様子であたしの腕を掴み、それを制止させたのだ。
握り締められた彼の手が、腕越しでも震えていたのが嫌でも分かった。


「何だよ、いきなり…。別れようとか、ふざけてんの?」

「ふざけてなんかないよ」

「本気で、言ってんのか」

「うん。本気」

「…!!」


「こっち向けよ!」と言う彼の声は、震える手と同調している様に酷く震えていた。
あたしの身体も、あたしの意思とは反してふるふると震え出す。
けれど、孝介の方へ振り向く事は出来なかった。
ここで振り返ったら、あたしの気持ちが揺らいでしまう事は目に見えて分かっていたから。


「こんな事、冗談で言える訳ないじゃない」

「……、」

「あたしね、疲れたんだ。…貴方と付き合っていく事に」

「…な、何言って…」

「もう、限界なの」

「ふざけんなよ…!俺たち、二年も付き合ってたんだぞ!?急にんな事言われて、納得出来る訳ねえだろ!!」

「出来なくたっていい!あたしは…、貴方と別れたいんだよ!!」


溢れ出しそうになる涙を必死に堪えて、あたしは孝介の腕を思い切り振り払った。
心の奥底に仕舞い込んだ孝介への想いを、必死になって押さえ込んで、徐に後ろを振り返ると、今にも泣きそうな表情をした孝介がすぐ傍にいて、そんな彼を見ただけで固めた決心が、本当に揺るぎそうになってしまった。


「なあ、…」

「………」

「俺は、お前が好きだ。今までもずっと、俺はお前だけを愛してた」

「………」

「お前は、俺の事を一度でも愛してくれた事、あったか…?」

「……っ」

「…」

「…愛してたよ…。愛してたに、決まってるじゃない…」


でなかったら、こんなに胸が痛む事なんてないんだから。
締めつけられたみたいに、痛い。
けど、あたしは貴方から離れないといけない。
一緒には、いられないんだよ…。


「ごめんね、孝介…」


彼にそう言うと、あたしは振り返る事なくその場を去った。
振り返ったと同時に、弾けたみたいに目から大量の涙が零れ落ちてきたけど、それすらも拭う事はしないで、全力で走った。
もう、貴方の笑顔を見る事はない。


END

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