他シリーズ短編

□過ちを犯さない帝王
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「どうしたのアレン。顔色が悪いわ」

笑いを収めたセリアがアレンをひょい、と覗き込んだ。寄せられた顔が思いのほか近くにあって、アレンは頬を赤らめて顔をそむけた。

「……なんでもない」

「もしかしてあなたもコナンと同じように、ドン・モハメはただの山師だなんて思っている?」

山師、という言葉がセリアの口から出て来たことに驚くが、黙って首を振る。

「そうじゃない。確かにあの爺さんは、道具や素材に妙にこだわり過ぎているとは思う。ドン・モハメが本当に噂通りの腕の持ち主なら、なにも聖なる織り機を使わなくとも水の羽衣を織ることくらい出来るだろう。

恐らく……俺たちは試されているんだ。資格があるのかどうか」

「資格?」

「今の俺たちに無類の防具である水の羽衣を得、大神官ハーゴンに戦いを挑む資格があるかどうか。

雨露の糸と聖なる織り機を揃えることは、俺たち三人がその強さを持ち合わせているかどうか測るための試練なんだ」

「ずいぶん回りくどいことするもんだね」

横で聞いていたコナンが呆れたように両手を広げた。

「わざわざ面倒な試練を課すなんて、誰がなんのためにそんなことを仕組むってわけ?」

「個人の謀(はかりごと)じゃないだろう。背後でどこかの国が暗躍しているのかもしれない。俺たちにはハーゴンを倒し、必ず英雄にならなければならないという義務がある。

ロトの勇者の末裔三人が、揃いも揃って犬死にじゃ話にならない。無謀な戦いに討って出させるわけにはいかないのさ」

「どこかの国って?」

「さあな。少なくとも俺たちが勝者となることで、なんらかの得をする国なのは間違いないだろうが」

アレンとコナンの視線が宙で絡み合った。コナンの緑色の瞳に一瞬、ほの暗い光が滲んだ。

「……戦利品を得るための、国をあげての英雄作りか。下らないね」

吐き捨てるように洩れた呟きは、いつもの明るい様子からは想像もつかないほど鋭かった。コナンはすぐに元通りの穏やかな表情に戻り、アレンから視線を逸らした。

「想像で物を言うのは止めよう。とにかく、当面の旅の目標は決まったんだ。雨露の糸と聖なる織り機。全力を尽くして探すよ」

元気よく歩きだしたコナンに、セリアも続いた。アレンもその後を追った。

コナンの発した「下らないね」という響きが、耳の奥でいつまでもざわめいていた。まるで自分自身のことを言われたような気がして、体の芯がかっと熱くなった。飄々と前を歩く隣国の王子が、不意に強烈に憎くなった。

ああ、そうさ。俺の国は下らない。そして、俺も下らない。

父王の企みを知りながら、その犠牲者となるであろう少女と、いかにも仲間然と肩を並べて旅をしている。俺は王子でありながら、父親の単なる手駒だ。いいように扱われているだけ。違うと思うことを、違うと声に出して叫ぶことすら出来ない。

だが、お前はどうなんだ?道化の仮面を被った策士の王子。お前こそ、サマルトリア王の密命を絶対に受けていないと言えるのか。ハーゴンを見事倒し、ローレシアの王子を出し抜けと。あるじを失った広大なムーンブルクをおのが手にするために。

新しい大地を欲しがるロトの勇者の血は、間違いなくお前の中にも流れているというのに。

「コナン」

「んー?」

振り返ったコナンの目には、もう常日頃と同じおどけたような輝きしかなかった。アレンは目を逸らさずに言った。

「見ていろ。俺は強くなる」

「うん、頼むよ。あんたをたよりにしてるんだからさ」

「もっと、誰よりも強くなる。俺自身の意思を貫き通す力を手に入れる。ロト三国で最も強き王になってみせる」

「ふうん」

コナンは目を細め、にやっと笑った。

「ロト三国で、最も強き王ねえ」

「そのために大神官ハーゴンを倒す。俺たちの暮らす大地の平和は、俺たち自身で取り戻すんだ。ムーンブルクをセリアの手に還すぞ」

コナンは今度はびっくりしたように目を見開いた。傍らで、セリアが唖然とふたりを見比べている。

「いいの、王子殿下がそんな大言壮語吐いちゃって。後々困るんじゃないの?」

「俺は自分の誓いを守る。自分の誇りもだ」

アレンは淀みなく言い放った。

「己れの意志を曲げてまで、過ちを犯す愚かな帝王には……ならない」

「かーっこいい」

コナンは茶化すように口笛を吹いた。だが緑色の瞳の奥底には、先ほどまでなかった真剣さを帯びた光が宿っていた。

「過ちを犯さない帝王、か。いいね、それ。だったら俺もそれを目指そう。ひとりじゃ無理でも、正しい王が隣国同士ふたりも揃えれば、物事は意外と正しい方向へ向かうかもしれない」

「あ、あの……、アレン、コナン?」

「セリア、俺たちがお前に国を還す」

アレンはセリアの肩に手を置いた。

「お前の故郷は、お前のものだ。誰にも手出しはさせない。俺は俺の心が正しいと思う道を選ぶと決めた。

俺たち三人の手で、古い血の錆びかけたロト三国にかつての栄光を取り戻すぞ」

両手で口元を押さえたセリアの瞳が、みるみる涙でいっぱいになった。

「あ……ありがとう。ありがとう……!」

突然勢いよく抱きつかれ、さしもの強脚を誇るアレンも驚いて後ろにのけぞりそうになった。胸の中で泣きじゃくるセリアの背中に手を回すことも出来ず、冷や汗をかいて体をこわばらせた。後ろでコナンがにやにや笑っている。

「まったく、女泣かせだね。俺の妹もあんたにご執心だってこと、お忘れなく」

「ばっ……、馬鹿なことを!」

「あーあ、俺も一度でいいから可愛い女の子に胸の中で思いきり泣かれてみたいや。セリア、ほら、こっちも空いてるんだけど」

コナンが大きく両手を開いてみせた。セリアはアレンの胸にすがりついたままくすくすと笑いだした。アレンも諦めたように小さく笑った。

今夜も「いとやんごとなき」あの人が送った斥候が、息子よ、早く英雄になれと俺をせっつきに来るだろう。

でも、もう俺の返事は決まっている。エメラルドの輝きを心に秘めた隣国の王子が、まっすぐに放った言葉。そうだ、下らない。きっと、ずっと俺は誰かにそう言ってほしかったんだ。

アレンは自分でも気づかぬうちに、セリアの背中を力強く引き寄せていた。セリアの顔がぽっと赤くなった。コナンは仰天してふたりのあいだに割って入ると、「こらこら、三人旅で抜け駆けはなし!」と叫んだ。

そういうつもりじゃなかったのだ。アレンは焦って、「ち、違う、これは……相手がお前でもそうした」と言ってしまい、うええ、俺にはそっちの趣味はないよ!と悲鳴を上げてコナンに逃げられた。




−FIN−




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