他シリーズ短編

□竜の剣と地の星
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「ああ、つまらない」

口火を切ったのはもちろん、ロト三国の「地の星」サマルトリアの王太子コナンだ。

「こんな墨をひっ被ったような真っ暗闇が続くのはもうまっぴらだ。どこが目的ともつかない、しち面倒くさい紋章探しは飽き飽きだよ。

ねえ、そろそろ銀のしずくがあでやかに舞い飛ぶ空の星が見たい。喉が焼けるような熱い火酒をひと思いにあおりたい。「しゃば」に戻りたい!!君たちはそう思わないの?アレン、セリア」

地の星、月の華。そして尚武の象徴「竜の剣」。

絵物語のように華やかな歴史を持つ古い国は、とかく仰々しい冠名をつけられる。

それが稀代の英雄、ロトの子孫の国ならばなおさらだ。中でも、荒ぶる勇者の血を引くも代々争いごとを好まず、常に注意深くいくさを避けて穏便な交易のみで国益を得て来た質実剛健なサマルトリアに授けられた名は、揺るぎない大地に輝くひとつの光―――「地の星」だった。

それが決して褒め言葉ではないのを、コナンはよく知っている。そもそも地に星は光らないものだ。

だが以降、サマルトリアは事あるごとにそう呼ばれた。今度も地の星がひとり勝ちで利を得た。なんと狡猾な星よ。他国を出し抜いてまでも、常に光り続ける。そも大地にたたずむゆえ、なにがあろうと決して落ちることはないこざかしい地の星……と。

「うるさい」

コナンの傍らを歩いていたローレシアの王子アレンは、振り向きもせずに冷たく言い捨てた。

「お前は一体いつになったらそのやかましい口をふさぐつもりだ。大国サマルトリアの名誉ある世継ぎの王子が言うところの「しゃば」が何なのかは知らんが、戻りたければ今すぐとっとと戻れ。

俺もセリアも、止めはしない」

「ふん、えらそうになんだよ。この筋肉魔神」

コナンは唇を尖らせた。

「いつもリーダー然と威張っちゃってさ、俺の力がなきゃここまで来られなかったくせに。

大体さあ、そのいかにもあんたとセリアの意見が一致してるって物の言い方、いいかげん止めてくれるかな。あんた、最近やたらとセリアを味方に引っ張り込み過ぎなんだよね。

彼女が迷惑してるの、わかんないの。それとも個人的な思い入れでもあるってわけ」

「な、何を馬鹿な……!俺がいつセリアを味方にしたというんだ。言ってみろ!」

自分でうるさいと言っておきながら、口八丁のコナンにからかわれるとつい倍以上の大音声で反論してしまう、未だ17歳の王子アレンの若いところだ。

ハーゴン征伐の旅に出るまでは、自分は無口で冷静な気性なのだと信じていた。だが、どうやらそれは違った。同じロトの勇者の血を引く隣国の王子コナンの滝つぼに水がなだれ落ちるような早口な物言いに、毎回うまうまと乗ってしまう自分がいる。

真面目で信念が強いゆえ、言われたら言い返さなければ気が済まない。頑固ゆえ、言い返したらねじ伏せなければ気が済まない。ところが相手もたやすくねじ伏せられてはくれない。ああ言えばこう言う。どんどん言い返して来る。

こいつ、なんだってこうぺらぺら次から次へと文句が出て来るんだ?馬鹿なのか切れ者なのかわからない、同い年のサマルトリアの王子。

「……とにかく、お前は少し黙っていろ」

アレンは百も言い返したいのを押しとどめ、呼吸を整えた。大きく吐いた息の冷たさがずきりと沁みて、手袋越しの指先で口を押さえた。

錆(さび)を噛みしめたような味が舌の上に広がる。唇がひび割れて乾ききっている。息が上がり、口を薄く開けているのにここまで長時間ひとことも喋らずに来たからだ。

死臭立ち込めるロンダルキアへの洞窟を、三人きりで黙りこくって行軍して来た。暗く湿気にまみれ、強敵のうごめく邪悪な洞窟。探し求めた命の紋章はこの場所に眠っている。手に入れればようやく紋章は五つ揃い、大神官ハーゴンの呪いをも打ち破るという精霊ルビスの加護を得ることが出来る。

(なるほど。突然の軽口はこのあたりで俺の緊張を解きほぐしておくため……、というわけか)

アレンは血の滲んだ唇をそろりと舐め、舌打ちした。

(まんまと乗せられた自分にも腹が立つが、いちばん苛つくのはそうやって人知れず俺をコントロールしようとする、お前の策士ぶったやり口だ。「地の星」の王太子)

「アレン。コナン。来るわ」

その時、もうひとりの旅仲間である亡国ムーンブルクの王女セリアがロッドを握り締めながら鋭く叫んだ。コナンは顔を上げた。

「敵だ。アレン!」

「わかってる」

アレンは腰の鞘に手をかけた。

「気づいていたくせに知らぬふりをする な。だからこうして、俺をいったん落ち着かせようとしたんだろう」

「え?なんのこと」

「とぼけるな。わからないとでも思うのか。お前が「地の星」なら俺は「竜の剣」だ。今まで散々煙に巻いて来た輩と一緒にしてもらいたくはない」

コナンは口をつぐみ、すっと真面目な表情になった。

「……なら、話は早いや」

「俺はお前のそういうところが心底嫌いだ。これまでも嫌いだった。恐らく今後もそうだろう。この旅が終わるまではな」

「だろうね」

コナンは眼前の敵に視線を向けながら剣を抜き、流麗な動作で三歩ほど下がった。傍らのセリアが息を飲む。コナンの表情はまるで能面のように冷たく、先ほどまでの瓢げた色合いは嘘のようにかき消されていたからだ。

「でもさ、それのなにがいけないの?だってあんた、ひとりじゃ何にも出来ない。それなのに自分のことしか考えてない。

俺、アレン、セリア。誰もひとりじゃハーゴンなんて倒せないんだ。だからこうして三人集まったんだろ?毛色の違う人間が同じように振る舞ってもしょうがない。互いが互いの出来ることをやるしかないじゃないか」

アレンは舌打ちして腰の鞘から剣を引きぬきざま、空中に高々と舞い上がった。重く巨大な大剣を片手で軽々と振りかぶり、敵陣へとためらいなく突っ込んでゆく。

「それに俺は、これこそが帝王学だと教えられて育ったんだもの。常に周りを見ろ。知恵を絞れ。人を使え。己れの手を汚すな。

己れが持たわざる才を持つ者を、自ら操る剣とせよ。王者これすなわち剣を持たぬ剣士なり、……ってね。他人を簡単に切り捨てるローレシア王家とは違う」

目にもとまらぬ速さで次々と敵を斬り伏せるアレンの背後で、コナンは剣を天に向けて突き上げた。瞳孔の開いた網膜に血の色が広がり、剣先から闇色のもやがうごめき始める。

「〈神の救い届かぬさ迷える暗き魂に、闇からの真の消滅をここに〉」

「コナン?ザラキを使うの」

「大丈夫、一度だけだよ」

眉を曇らせたセリアに、コナンは片目をつぶってみせた。

「先は長い。死の呪文はあとあと疲れちゃうからね。それよりセリア、あの猪突猛進王子様にとっておきのべホマを頼むよ。

あいつって俺のやることなすこと文句ばかりつけるくせに、自分はまったく後先考えない勝手そのものなんだから」

「お願い、喧嘩はもう止めて。紋章が揃ったら、わたしたち……こうして一緒に旅が出来るのはあと少しかもしれないのに」

「俺たちが喧嘩してるように見えるの?セリアは優しい子だなあ」

コナンは笑って、振り上げた剣を閃かせた。

発動したザラキの魔法が敵の魂をわしづかみ、命の珠を容赦なくもぎ取ってゆく。立ちこめた死臭と吹きあがる白濁した粉塵にまみれ、両腕を魔物の体液に染めたアレンはうつろに振り返った。

身にまとう青い戦闘服はあまた裂かれ、血まみれの剣を引きずり、戦いの高ぶりで瞳ばかりがぎらぎら光っている。

「見てごらん。なんて目だろう。まるで軍神だ」

コナンは魅入られたように呟いた。

「たったひとりで竜王を倒した、伝説のロトの血を引く勇者とはまさに彼のようだったのかもしれない。こわいね。誰よりも強く、恐ろしくてなお美しい。

でも俺は、ああはなれないんだ」

「……コナン?」

「竜の剣と地の星は同じ大地にあって、くんずほぐれつしながらまったく違うさだめを生きるのさ。さあ、終わったみたいだよ。セリア、傷を治したら急いで出発しよう。

さっさと命の紋章を手に入れて、こんな暗くてじめじめした洞窟とはおさらばしなきゃ」

セリアがべホマの呪文を唱え、アレンの身体がほの白い光に包まれた。

浅い傷も深い傷も、魔法の奇跡にかかればまるで水に溶けるまぼろしだ。あれほど痛んだのにすべて一瞬で消えてしまう。アレンはようやく我に返ったようだった。硬い表情は変わらなかったが、礼を述べるように小さくほほえまれると、セリアはどうしていいかわからず顔を赤らめた。

確かに、わたしたち三人の中でアレンがもっとも伝説のロトの血を引く勇者に近いのかもしれない。だって子供の頃書物で見た伝説の勇者はみな、彼と同じ塗り込めたような漆黒の髪をしていた。

なのになぜ、彼はいつもなにか物足りぬように苛立たしげなのだろう。いにしえの勇者が剣と共に使いこなしたという魔法の力を、自分は一切持たぬからか。

それとも、そのふたつの能力を生まれながらに引き継いでいるのが自分ではなく、隣国のサマルトリアの王子コナンだからか。

セリアは気を取り直して笑顔を作り、「先を急ぎましょう。命の紋章はきっとすぐに見つかるわ。アレン、コナン」と声を張り上げた。

コナンは明るく頷くと、「そうだね。じゃあ俺、もうつまらないなんて言うのはやめるよ。セリアの言うとおり、三人ですごせるあと少しの時間を大切にしなきゃ。

ねっ、筋肉魔神殿下。仲良くしよう」とアレンの肩を強引に抱いた。

アレンは嫌そうにそれを振り払った。まったく、ここまで徹底しているといっそ敬服に値する。本音を建前に押し隠し、強さと軽さをじつにうまく使い分ける「地の星」の王子。

お前が俺になれないのと同じように、俺もお前のようには決してなれない。だからこそ憎く、だからこそひどく羨ましかった。

この旅が終わったら、いつかこの思いも消えるだろうか。嫉妬も羨望も魔法の前の傷のように消えうせて、純粋な友情だけがそこに残るだろうか。

喉が焼けるような熱い火酒を酌み交わしながら、腹の底からの笑顔を向けあって。もしもふたり、お前の言うところの「しゃば」に戻ることが出来たら。

頭上に掲げられた重苦しい王冠をいっとき投げ捨て、黄金色の鎖で縛られた玉座からひそやかに滑り降りて。べつべつの体内で脈打つ王者の熱い血は、果たしてそれを許してくれるのか。

その時、この世界の頂点で燦然と輝いているのは竜の剣か、それとも地の星か。答えはまだ誰も知らない。―――神以外は。



―FIN―



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