他シリーズ短編

□クリスマス・デート
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クリスマス・デート



はあっと吐く息が白くなったら、クリスマスが近づいている証拠。

理由もなく、胸が弾み出す。御年16、もうサンタクロースを無邪気に信じる年齢ではない。サンタも信じてくれない者のところにはやって来ない。

枕元に置かれたプレゼントも数年前から絶えてなくなり、目覚めてほのかな落胆を覚えるぶんだけ、両親は気楽そうな表情を浮かべるようになった。それで気づいた。ああ、夢を与える側も大変だったんだなぁ。

「行って来ます」

「行ってらっしゃい、蘭世。急がないと遅刻するわよ」

鞄を抱えて外へ飛び出すと、透明な冷気が頬を刺した。今日のコーデは黄色のダッフルコート、赤いニット帽にグリーンのミトン。一応、クリスマスカラーを意識したつもり。

お洒落なんかにかけらも興味ない彼は、きっと気づいてくれないだろうけど。

制服のスカートから伸びる足に寒さが沁みて、暖を取ろうと足早に駆けた。頭の中は一時間目の数学のテストではなく、別のことでいっぱいだった。

真壁君、今日こそ誘ってくれないかなぁ。

昨日、周囲を散々つきまとって「今年の冬休みは、今のところ全部予定が空いてるわ」「に、24日も、きっと暇だわー!でも、もしかしたら用事が入るかもしれないから、誘うなら早めに声をかけてくれないとね」って吹聴したけど、まるで無関心そうだった。

ちゃんと聞いてくれてたのかな。もう、あと何日かしかないんだよ。

クリスマスイヴまで。

まっすぐな黒髪を風に散らしながら角を曲がると、勢いのまま、出会いがしらに思いきり何かにぶつかった。

目から火花が散り、地面に尻もちをつく。半泣きになりながら顔を上げると、そこに……、

彼がいた。

「ままま、まか、まかべくん……!」

真壁くん、と呼ばれた彼は目を丸くし、次の瞬間くるっと背中を向けた。

うつむいて顔を押さえ、表情が窺えないようにしながらくっくっと肩を揺らす。クールで感情をおもてに出そうとしない、彼独特の笑い方だ。

「お前、その色。信号機かよ」

「こ、これはクリスマスをイメージしたコーディネイトなの!どれもおこづかいをはたいて買ったばかりなんだから」

「黄色は要らねえだろ」

「クリスマスツリーの、てっぺんの星っ」

「入学したての小学生にしか見えねー」

「もう!」

低く軽やかな声を立てて、彼は笑っていた。教室にいる時と違うリラックスした笑顔。

お尻の下のコンクリートは飛び上がりそうに冷たかったけれど、このまま時が止まればよかった。ああ、朝から幸せだぁ……。こんな近くに彼の微笑み。見ていると頬がゆるゆる緩んで、心にぽっと灯がともる。

「ところで、こんなところでなにしてるの?早くしないとテストに遅れちゃうよ」

「お前が言ったんだろうが」

「え?」

「ほら」

彼はこちらを見ないようにして手を差しのべた。長い指に挟まれている、チケットが二枚。

「グローリー・ゴスペル・シンガーズのコンサート」

「えっ、えっ」

動揺のあまり、声が裏返った。指のあいだから目の端に映る、半券に印刷されている青紫色の文字。

日付は間違いない、24日のクリスマスイヴ。

「ま、まかべくぅん……」

「泣くな」

「だって……、嬉しい。ものすごく嬉しいよ」

彼は呆れたようにふんと鼻を鳴らすと、「黄色い帽子の小学生にはまだ早いかもな」と言い残し、前を歩きだした。

違うもん、帽子は赤だもん。デートの誘いの時でさえ冷たい彼。でも、髪のあいだから見え隠れする耳たぶは杏のように赤い。

へへーんだ、わかってるんだから。照れ隠しなの、わかってるんだから、真壁くん。

「大すきっ!」

「わっ、止めろ、馬鹿」

広い背中に後ろから抱きつきたいけれど、まだそれには勇気が足りない。だから立ち上がって、グリーンのミトンで背中をどん、と押した。

よろめく彼を追い越して行く。駆けるクリスマスカラーの体を吹き抜ける風。嬉しくて嬉しくて、空のてっぺんまで飛んで行きそうだ。白い息が舞い上がる。もう少しも寒さは感じなかった。

そうだ、イヴの夜もこの服を着よう。どんな文句を言われてもいい。黄色いコートと赤いニット帽。

でも、ミトンはいらない。まっさらな手のひらは開けておかなくてはならないから。照れ屋で奥手な、彼のために。



―FIN―

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