他シリーズ短編

□きれいだね
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「きれいだね」

こっちをじいっと見つめて、真顔でそんなふうに言うから、赤くなる。

あなたといると、わたしはいつも赤くなる。

「ビアンカって、ほんとうにきれいだ」

「もう、やめて。子供たちがすぐそこにいるのよ」

頬をふくらませて嫌がるふりをするわたしに、あなたはこともなげに続ける。

「うん。だから言ってるんだよ。君たちのお母さんは世界で一番きれいなんだって、ちゃんと知っておいてもらいたいもの」

「馬鹿なことを……」

「馬鹿なもんか。あの子たちにとっても、きっと大事なことだ。素敵なお母さんだってこと。

そんなお母さんのことを、お父さんがすごく愛しているんだってことは」

ね、ビアンカ。可愛いあの子たちのお母さん。そしてぼくの大切な奥さん。大好きだよ。

言ってにっこり笑うから、わたしだけじゃない、かたわらに控えていた侍女たちも思わず赤くなる。

若くすこやかなグランバニア国王陛下、あなたは人前で愛を告げることをまったくいとわない。

好きなものを好きだと言う素直な性格は子供の頃そのままだけど、それが魅力的な大人の男の人の口からささやかれる時、どんなに相手がどきどきするか、すこしもわかっていないのね。

「あー、お母さん、耳まで真っ赤だよ」

床に寝そべってパピルスのぬり絵に色を塗っていた子供たちが振り返り、わたしを指差して笑った。

よく似かよった双子の笑顔。小さなお日様がふたつ並んでいるみたい。

「照れてるんだぁ、おっかしーの」

「子供のくせに、親をからかうものじゃありません!」

「お父さんがお母さんに大好きって言うのなんて、いつものことじゃない。どうしていちいち赤くなるの?」

「赤くなってなんかな……」

むきになって眉をつり上げたわたしを、後ろからあなたがぎゅっと抱きしめる。

「ふたりとも、そのへんで勘弁してあげて。お母さんはお父さんと違ってとても恥ずかしがり屋なんだ」

「好きだって言われることに、いつまでたっても慣れないのね」

「大好きなのは自分もおんなじなのにね」

したり顔で頷き合う双子。愛を口にするのにためらわないところ、確かなあなたの血を感じさせる。

「本当はお母さんも、大好きだってたくさん言いたいの。でもいつもお父さんが先に言っちゃうから我慢してるのよ。そうでしょ、お母さん」

女の子が言った。男の子が目をまんまるにして、「そうなの?」とわたしを見た。

「我慢なんてすることないのに」

「そうよ。お父さんとお母さんがふたりして好きだ、好きだって言い合っていたって、わたしたちべつにおかしいなんて思わないわ」

だってそれは、フウフのアイジョウカクニンのイッカンですものね……と女の子がませた口調で言う。

「そうだ、そうだ」

あなたはわたしの背中を抱いたまま、楽しそうに笑った。

「誰も、おかしいなんて思わない。愛情確認だよ。山ほど口にしていいんだ。

だって好きだって気持ちはお金や物と違って、いくら出したって減らないんだもの」

だから言おうよ、ビアンカ。ぼくたちもっと、照れずにどんどん言葉にしよう。大好きだよって。愛してるって。君にも。子供たちにも。

そうやって言葉にすればするほど、大好きは澄んだ湧き水のように次から次へとあふれ出して来る。

「じゃあ最初からやり直し」

あなたはわたしの肩を抱いてこっちを向かせると、首を傾けてさっきのようにじいっと顔を覗き込んだ。

悪戯そうなその瞳。子供の頃から変わらない。

「きれいだね。ビアンカ」

そしてまた、繰り返される愛のささやき。みんなにぐるりと期待の目で見つめられて、ああ、こんなとき一体なんて答えたらいい?

嬉しさと恥ずかしさのはざまで言うべき台詞を見つけあぐねて、飽きもせずわたしはまた赤くなる。



―FIN―



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