World is Lior
□1 違和感
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クーラーのきいた暗い部屋の中、パソコンのモニターから溢れる光が青年の姿を照らしていた。
肉の少ない細い体に透き通るような白い肌。
長く伸びたさらっとした黒い髪は女の子よろしく肩にかかっている。
青年の目は、モニターに次々表示される情報を精密機械のようにせわしなく追っている。
そして細い指は、青年の体とは別の生き物なのではないかと言うほどのスピードで一心不乱にキーボードを叩きつける。
頭につけたヘッドホンからは大音量で音楽が洩れ、キーボードのカタカタという音と共に部屋を満たしている。
彼は今、自分だけの世界に入り浸っている。
と、その手が何の前触れも無く止まる。
ヘッドホンから鳴っていた緊張感のある音楽は、盛大なファンファーレへとその姿を変えていた。
モニターには「Quest Crear」と表示され、その下には架空の金といくつもの道具の名前が羅列されている。
どれもこのゲームの中では上位に入る程のレア物だ。
「今日はもう終わるか・・・」
青年はため息をつくとモニターから目を放し、机の引き出しから紙包みを馴れた手付きで取り出し、その軽さに気付く。
あぁそうだった。
ガムは昨日食べ尽くしたんだった。
と頭の中で一人呟き、ゲームのデータをセーブした後パソコンの電源を落とす。
着慣れた部屋着のジャージからTシャツにジーパンというありふれた格好に着替えた青年は、妹から貰った自分の髪と同じ色の黒いヘアゴムで髪を左側にまとめる。
飾り気のない財布をポケットに押し込み、今日初めて、自分だけの世界から外界へと続く扉を開く。
出来ることならあと二時間はあの部屋から出たくなかったが仕方ない。
腹が減っては戦はできぬ。
これはどんな戦国武将…いや、どんなネットゲーマーにも共通していることだ。
自室のある二階から一階へ降りた青年は、もはや疎遠となった家族の団欒という、一見明るそうで真っ黒な世界を横目に見ながら、ここよりさらに広い世界へと続く重い扉へと手をかける。
「あ、お兄ちゃん。どっか出かけるの?」
どうやら夕食を食べ終わり自分の部屋へと帰るらしい少女は青年を見つけると少し心配そうに話しかけた。
青年より一つ下の少女は現在中学三年生。
年上の兄や親に対して小生意気な位が丁度いい年頃だが、そんな世界の常識を覆すようなよくできた妹である。
高校という義務教育を終えた次のステップを途中で放棄したダメ兄貴のことを心配する数少ない人間だ。