リク小説
□寒さにご用心
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目に映るのは天井の木目。それも何だかぼやけていて、頭が痛い。体も上手く動かせなくて、呼吸をするのもつらい。
ーーああ、私死んじゃうのかなあ。
「……何言ってるのマルタ」
声のしたほうを向いてみると、私が寝ているベッドの横に椅子を置き、呆れた顔を浮かべたエミル。気づかない内に声を出していたみたい。ちょっと恥ずかしい。
「エミルぅ〜わた…」
ピピピピッ
力ない私の声をかき消すように肩のあたりから鳴る電子音。……なんてタイミングの悪い。いや、ある意味良いのかな?
「さ、早く見せて」
「むう…分かった」
服の中から『それ』を取り出したら、ひょいっとエミルに取り上げられた。
「……37.8。風邪だね」
そう。私は風邪を引いてしまった。原因は昨日のこと。朝から降っていた雪が積もり年甲斐もなくはしゃいでしまったのだ。それも夜に。
今思うと自分でもバカだなあ。そして今日朝起きてみたらこの通り。見事に私だけ風邪を引いてしまいました。エミルだって一緒に遊んでたのに…。
「何でエミルは無事なのよぉ〜」
「そんなこと言ったって…。一応僕精霊だし」
やや苦笑を浮かべるエミル。確かにそうだけどさ。風邪に負ける精霊なんて威厳も何もないか。
頭では分かっているけど、何か納得いかない。かといって風邪で頭も体もまともに働かない私に出来ることなどなく、むぅと唸るだけだった。
「そんな声出さないで。今日はマルタの言うこと何でも聞いてあげるから、ね?」
なんと!そんなこと言われると今までの事などどうでもよくなってしまう。我ながら現金だと思う。
「えと、じゃあキ…」
ぐう〜〜〜〜〜
その場の空気が固まるような音がどこかしらから聞こえてくる。どこから聞こえたかは分かっているんだけど。
「…じゃあお粥でも作ってくるね」
「〜〜〜〜!」
布団を頭でかぶり顔を隠す。うぅ、恥ずかしい〜。エミルが部屋を出るとき、くすっと微かに笑う声が聞こえた気がするけど気にしないでおこう。
コンコンと部屋のドアをノックする音で目が覚める。どうやら少しの間眠っていたみたい。入るよーと声が聞こえたあとガチャリと扉を開く音が。
「体のほうはどう?」
お盆を手に持ったエミルが近づくにつれそのお盆にのった容器からいい匂いが漂ってくる。
「ん…まだちょっと」
「起き上がれそう?」
「何とか」
まだだるいか体を起こす。うーんやっぱりちょっとくらくらするや。
お盆ごと私に差し出してくる。それを受取ろうしたとき、いい考えが頭の中に浮かんだ。お粥を受け取らない私を見て不思議そうな表情をエミルは浮かべている。…よし。
「食べさせて欲しい」
「……え?」
ぽかんと口を開けたまま呆けているエミルに私はもう一度『食べさせて欲しい』と言う。状況を理解したエミルはあーとかうーとか言いながら顔をいろんな方向へ傾けながら悩んでいるみたい。
「はあ……分かったよ」
少し頬を赤く染めながらため息をついている。容器の蓋を開け適量の粥を掬い私の口元まで持ってきてくれる。丁寧に冷ましてくれた。
「あ、あーん」
「あーん」
口の中にお粥の熱さと美味しさが広がる。やっぱりエミルの作るものはどれも美味しいなあ。
「美味しい!」
私の一言にエミルは照れ臭そうにそっぽを向いた。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした」
あのあと作ってくれたお粥を私は全部食べた。だって美味しいんだもん。
「ふわあ…」
食べたら今度は眠くなってきた。なんだか本当に子どもみたい。
「少し寝る?」
エミルの声が少し遠くに感じる。本格的に睡魔が襲ってきた。私はうんと呟いて体を横にする。
「お休みマルタ」
そう言って頭を撫でてくれるのが気持ちいい。エミルの手のぬくもりを感じながら私の意識は少し、また少し夢の世界へと旅立っていく。
ーーおやすみ、エミル。
fin