突撃!? 隣の十三隊♪
□可愛い少年と魅力的な姉ちゃんの十番隊
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「今、ノリにノッている大人気のリポーター、朝日向紬でーす!」
「解説の藤嶺愛胡です」
「十番隊副隊長の松本乱菊です!」
隊舎と思しき建物の前で、今日の収録が始まった。
紬と愛胡がいつものように自己紹介をするが、そこには松本乱菊も共にいたのだった。
飴色の長い髪で、豊満な胸が今にも溢れんばかりの魅力的な女性である。
「今日は十番隊に突撃しようと赴いたら、偶然乱ちゃんと出会った訳です」
紬がそう説明する。
どうやら乱菊は、どこかへ出かけようとしていたところだったのだろう。そのときにたまたま出会って、そのまま収録を開始したということか。
「おチビは隊首室にいる?」
「いるわよ。書類整理をしてると思うわ」
「オッケー。ではレッツゴー!」
紬が元気に拳を空へ突き上げたところで、場面が切り替わる。
「はい、隊首室にとうちゃくー。コンコーン」
ノックの音を口で言い、紬が目の前のドアを押し開いた。
「――あ?」
室内の机についていた銀髪の人物。彼がここの隊長である、日番谷冬獅郎のようである
彼はドアが開かれたことに気付くと、その顔を上げてドスの利いた声を漏らした。
冬獅郎はとても小柄で幼い容姿をしているが、伊達に隊長の任についている訳ではない。見た目とは裏腹に、かなりの実力を持つ死神だと心得ている。
しかし、今の反応を見る限り、割と怖そうな感じであった。
「よッ、シロスケ! 健気に書類整理してんの?」
紬が親し気に片手を上げて室内に侵入する。
「うちの隊長は、ほんとに健気なの。あたしがいなくても執務作業をちゃんとやるものね」
流石というべきか。乱菊の言うことが正しいのなら、この隊の隊長、副隊長はしっかりと信頼感関係が築かれているのだろう。
「松本!」
侵入してくる撮影クルーを目の当たりにし、冬獅郎が眉をつり上げて声を張り上げた。
「またサボってると思ったら、今度は何の騒ぎだ!」
聞き間違えただろうか。どうやら乱菊は、サボっていたようである。
普段の乱菊を知っている訳ではないが、有事には常に真面目な態度で指揮を執ったり戦ったりしている印象だった。しかし冬獅郎の言葉によると、職務怠慢の常習者のようだった。
「何って、見て分からないんですか?」
「お忙しいところすみません、日番谷隊長」
そこで愛胡が、申し訳なさそうに説明をする。
「これは、『突撃!? 隣の十三隊♪』の収録です。今回は十番隊へ取材をしようとお邪魔させていただきました」
「そういうこと。だから、ちびシロも一旦筆を置いてこっちに来いよ!」
「ふざけるな! ただでさえ、そこの松本がサボった分の書類が溜まってるんだ。取材だか何だか知らねえが、少なくとも松本が自分の執務を終えてからにしろ」
「え〜。あたしの分は隊長がやってくれるんじゃないんですか?」
「やる訳ねえだろ! 自分の分は自分で片付けろといつも言ってるだろう!」
画面には、意外な光景が映っている。乱菊がこうも不真面目だったとは、思ってもいなかった。
そして、冬獅郎が思っていた以上に怖い。幼い外見の割には冷静で落ち着いている人物だと思っていが、こうも部下を怒鳴りつけるとは。
「シロスケ、あのな。こうなった以上、しょうがねえぞ」
「……何がしょうがないんだ?」
「うちは一番隊から順に撮影して回ってるからさ、ここの撮影も逃れられねえんだよ」
「だから?」
「だから今、乱ちゃんを怒るよりも、おチビが筆を置いてこっちに来た方が早いってこと」
「こんな忙しいときに、しかも急に来られるのも不快だが、そんな風に呼ばれるのも不快だ」
「今更だろ。ほら、来いって。チビシロが重い腰を上げた方が早く終わるぞ」
その場にいる全員が冬獅郎の動向を伺う。
すると、観念したように冬獅郎が重くため息をついた。
「分かった。ただし、松本。終わったらちゃんと仕事しろよ」
「はぁい。さっすが隊長! 話分かるぅっ」
そこで冬獅郎が今一度ため息を漏らした。
何だか、彼の苦労が垣間見えた気がする。
冬獅郎は椅子から立ち上がり、カメラの前まで歩み寄った。
「で、何をすればいいんだ?」
面倒くさそうな目で冬獅郎に見られた紬は、ニカッと笑って見せる。
「聞かれたことだけ答えればいいよ。じゃ、説明よろしく愛胡!」
「はい。それでは改めまして。ただ今十番隊の隊首室にお邪魔してます。まずはお二方、自己紹介をよろしいですか?」
やっと番組が進行したようである。
先程までのごたごたは、編集でカットすればいいのに。
「はい、チビシロから」
「チビ言うな! あー、十番隊隊長の日番谷冬獅郎だ」
「そして、さっきも言ったけど、副隊長の松本乱菊です」
「こちらの日番谷隊長は、物事を冷静に判断出来る、とても落ち着きのある方です。戦いに於いても常に冷徹で、とても頼りになる隊長さんですね」
「こんなにちっこいけどねー」
「それは関係ねえだろう!」
冬獅郎の隣にいる紬も小柄な方だと思うが、彼女と冬獅郎を比べると、20p程の差があるように見える。
冬獅郎の背が低いのは事実だと思うが、勿論、それがコンプレックスになるということは分からないことはない。
「そして、松本副隊長も戦場では冷静沈着に行動し、日番谷隊長との連携が素晴らしく優れていると思います。おふたりに確固たる信頼関係があるからなのでしょう。しかし松本副隊長の普段はというと、とても明るくて姉御肌みたいな感じで、私たちのお姉さんのような存在です」
「良いように言ってくれてありがとー!」
「本当はこいつ、サボり魔だぞ。執務作業は、昔から全然しねえからな」
愛胡の説明は毎回分かりやすくていいのだが、良いところしか述べず、その隊の悪いところは伏せている。
視聴者側としては、その隊の悪いところも知りたいものである。
「やだ、隊長。せっかく愛胡が上手く説明してくれたのに。そんなこと言わないでくださいよう」
乱菊が己の隊長へ口を尖らせて非難した。
「でも、それでもこちらは真面目な隊士が多い隊なので、上手く運営出来ていると思いますよ。戦闘能力が高いことも重要ですが、この十番隊のように、執務作業も上手くこなせることもとても大切だと思います」
「そうそう。隊長の指導力のおかげね〜。あたしがちょっとサボっても、全然支障が出ないのよ。みんな真面目だから。上手くやってくれるのよ」
「サボってばっかりのお前がちょっととか言うな!」
全く悪びれる様子もなく述べる乱菊に、冬獅郎が噛みつく。
何だかんだで、仲の良さそうなふたりである。
「大体、今日だってお前、どこに行こうとしてたんだ! こいつらと出会わなければ、今もサボっているところだっただろう」
「そうなのよ。偶然そこの外で会ったの」
「そうそう。ここへ突撃しようとしたらさ、なんかあそこに魅惑のボディの乱ちゃんがいるってね!」
「びっくりしちゃったわよ。みんな急だ急だ言うけど、本当に急に突撃してくるのね」
「そう! それがうちのいいところ!」
「いいところではないよ……」
「寧ろ悪いところだろ」
「さて、今回は、なんかおチビが怖い隊だってことが分かったな」
「な! そ、それは松本が悪いせいであって……」
紬の言う通り、もしかしたら十番隊は隊長が怖いところなのかもしれない。乱菊は逆に親しみやすいことが分かってよかったのだが、冬獅郎がこんなにも声を上げて怒鳴るような人物だったとは。
もし隊士が何か失敗でもしてしまったら、冬獅郎はこのように怒鳴って叱るのだろうか。
「大丈夫よ。うちの隊長、かわいいところもあるから」
「かっ!?」
乱菊の言葉で、冬獅郎の顔が赤らむ。
「な、何言ってやがる!」
「あ、分かる分かる。シロスケかわいいところあるよなー」
紬も頷いて同意したのだった。
この幼い見た目がかわいいということだろうか。
「ふざけるな! 俺はかわいくねえ!!」
顔が赤いまま抗議する冬獅郎。
この必死に否定する様子が、かわいいと言えなくもない。
「隊長の特技、何か知ってる?」
「え、なになにっ?」
「コマ回しよ」
「コマ回しッ。子供か! あ、子供か」
「貴様ら、バカにするのもいい加減にしろ!」
「なるほど、日番谷隊長はコマ回しが得意なんですね」
「なあ、やってみ! 今やってみ!」
「ぜってえやらねえ! もう終わりでいいだろ。松本、仕事しろ!」
「えー、なんでですかーっ。もうちょっと何かあるじゃない」
「そうだぞ。ここで終わりなんて、誰も望んじゃいないッ……ん?」
紬が拳を握って何やら熱く言ったが、何かに気付いたようだった。
「……『いや、別に終わってもいい』って……誰もハゲカンペの言うことなんか聞いてねえよ!」
「だからハゲは関係ねえだろ!!」
カンペとのいつものやりとりである。
「ええと、ええと、でももう大丈夫です! 十番隊の説明が出来たと思いますから」
愛胡が取り繕うように述べる。思えば、この番組で彼女が一番苦労しているのではないだろうか。
苦労と言えば、この短い収録の中で、冬獅郎ももしかしたら苦労しているのでは、と感じた。彼が厳しく叱るのは、不真面目な乱菊を戒める為であり、それでも乱菊は態度を改めない。
紬にもチビだ子供だとバカにされるし、そう考えると冬獅郎は寧ろ可哀そうな気さえしてくる。
「ここで終わったら、ただ隊長が怖い隊だって思われちゃいますよ?」
「だからそれは、お前が真面目に仕事をしないからだろう!」
「それでもいつも隊長や隊士達が上手くやってくれるじゃないですか」
「そういう甘えがあるから、俺は嫌なんだ! 自分の仕事は自分でするのが当たり前だろう」
「も、もう、日番谷くん、落ち着いてよ……日番谷くんが本当はいい人だってこと、私が分かってるから」
「雛森! お前には関係ねえだ……ろ……」
冬獅郎と乱菊の寧ろ仲のいいやりとりが画面に映っていると、冬獅郎を宥めるようなか弱げな声が聞こえてきた。
それに反応した冬獅郎だったが、その声を発した人物が分かると彼の顔面が蒼白になる。
「日番谷くんの良さは、私だけが知っているから……ね?」
紛れもなく、紬の108の特技の1つ、声帯模写である。
「て、てめえ……何のつもりだ」
紬が、彼女にしては珍しい微笑みを湛えていると冬獅郎が低く唸るように述べた。
画面越しでも、何だか寒気すら覚える。
「紬の108の特技の1つ、声帯模写だよ」
「何でもいいが、その声やめろ」
「もう、日番谷くんはすぐ怒鳴るんだから!」
「やめろつってんだろ」
何故か画面越しなのに寒気を感じる。
「え、えっと、これは、五番隊の雛森副隊長の声ですね。雛森副隊長と日番谷隊長は幼馴染で、特別な間柄のようなのです」
「とっ、とと、特別なんかじゃねえよッ!!」
愛胡の説明に、冬獅郎が再び顔を赤らめたのだった。
「あいつとは、ただの幼馴染で……と、特別でも何でもねえよっ」
「ふふ、日番谷くん、照れてる?」
「照れてねえよ! だからその声やめろ!!」
紬らしからぬ柔らかな表情。これはこれで、気色悪い気もする。
「もお、素直じゃないんだから。こんなに顔真っ赤にしてっ」
乱菊が、冬獅郎の真っ赤な頬を突っついた。
「バ、ババババカヤロウ! 素直とか素直じゃないとかじゃなくて、本当に何でもねえんだよ! ただの腐れ縁つうかっ」
「あ、紬、カンペを見て」
「ん? 『話が逸れたから終われ』? あぁん? こっからが面白くなるってのに!」
「もう終わりにしろ! こっちは仕事が溜まってるんだ」
「うぅぅむ……まあ、マジで仕事の邪魔はするなって、山じいにクギをぶっ刺されたからな」
「それでは、絶妙に連携のとれた十番隊でした!」
「でしたー!」
「一緒にお酒を飲んでくれる子、募集中〜」
「してねえ!!」
冬獅郎が怒るのは無理もないと思えてきたし、もしかしたら苦労性なのかもしれない。それに、幼馴染のことで顔を染めて必死に否定する様子は、確かに可愛らしいと感じたのだった。