Long Story2

□其の三
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それは突然の出来事だった。
瀞霊廷内で大虚が出現したという地獄蝶からの報告は、唐突に、なんの前触れもなく訪れた。
しかも運の悪いことに、剣八はやちる達を引き連れて、現世へ虚討伐に行っていた。
最近、魂尸界や現世での虚出現が相次いでいる。
原因は未だに分かっていないが、今憂慮すべきことは、今回瀞霊廷に現れた虚の場所である。
そこは外れの荒野だった。いつも剣が修行に使っている場所である。そして、今日もそこで修行をしている筈。
時間は夕方。まだ勤務時間中であるから、剣はいつものようにサボっているのである。
愛胡は大事な書類の確認に追われ、サボっていた剣を戒められずにいたのだった。
剣八達が不在であっても、己の任務は変わらない。
しかし、今は兎に角息子のことが心配で、愛胡は隊士達に告げて現場へ急いだ。

――

外れの荒野へ着くと、果たして剣は大虚と対峙していた。
その虚はギリアンだった。大虚の中でも最下層の分類で知能が低いのだが、通常の虚よりも戦闘能力が遥かに高く、副隊長以上の隊長格でなければ到底敵わない。
天高く聳える巨大な体躯で、黒い布のようなもので全身が覆われており、鼻のとがった白い仮面を着けている。
剣を見ると体を震わせている。一体だけでも厄介なのに、三体も姿を見せているので無理もない。
愛胡でさえも、初めて間近に見る大虚に慄いた。
そのとき、一体のギリアンから赤い輝きが現れた。それが光線となって剣を襲う。
考えるより先に身体が動き、愛胡は、剣を庇うようにして抱き締めた。
しかし避け切れずに背中が抉れる。
剣と共に倒れ、体が動かなくなる。

剣「お、ふ、くろ……なんで……なんでだ」


愛胡「怪我は、ない?」

剣「なに、言ってんだよ……っ、なんで!」

愛胡「剣のお母さんだもの。戦えないけど、庇うことくらい、出来るよ」

微笑むように言ったが、上手く笑えない。
すると、剣が怯えるように後方へ目をやる。ギリアンが迫ってくるのだろうか。
情けないが、もう身体が動かない。早く剣八に来てほしい。
すると爆音が鳴り響く。

剣「――あ!」

なんとか首を捻って見てみると、京楽がギリアンを相手にしていた。

京「剣くん。愛胡ちゃんを連れて、すぐにここを離れるんだ」

剣「え、あ…」

愛胡「京楽、隊長……あとは、お願いします」

京「まったく無茶するねキミも。……剣くん、愛胡ちゃんのこと、頼んだよ」

こちらに微笑み、京楽は残りの大虚へ向かっていった。なにに反応しているのか、次々に大虚は現れる。このままではいくら京楽でも、勝てないかもしれない。
そうは思うが、剣の体は動かない。京楽に言われた通りに、此処を離れることすらも出来なかった。
愛胡が意識を失ったあとも、剣に出来ることは腰を抜かしながらも母を支えていることだけ。なにも出来ず、次々と現れる隊長格と大虚との戦いを、呆然と見つめていた。
初めて見る巨大過ぎる虚。その姿を目の当たりしたとき、剣は瞬時に悟ってしまった。
今の自分では、到底敵わない。
痛いほどの恐怖心と、言うことを利かない身体。剣は酷く絶望した。
死神になれば、このような相手と戦わなくてはならないのに、自分にはその力がない。
強くなろうと、来る日も来る日も修行をしていたのに、その成果が全く見られなかった。
自分に倒れ込む母親の重みと、溢れ出る生温い血を感じて、剣は自分に失望していた。
初め三体だったギリアンは、今や十数体に増えた。隊長格の死神達が束になっても、流石に苦戦を強いられている。
力なく見上げていると、強烈な一手が空から降ってきた。
そこには父親の姿があった。
息子と傷付いた妻がいるのに、こちらには目もくれず戦いに加わった。その表情は、愉しんでいるように見える。
父にとって、戦いは愉しいものなのか。
剣八を見ていると、彼の繰り出す攻撃は強烈な一手となってギリアンを倒していった。
彼が加わったことにより確実に戦況が変わって、ついに最後の一体が倒れて消滅した。
そして、剣八が斬魄刀を収めないままこちらに向かってきた。

剣「親父…」

しかし剣八は一度も剣と目を合わすことなく、愛胡を持ち上げて肩へと担いだ。

剣「――親父……!」

腰が抜けているまま、その背に叫んだ。

剣「俺に!俺に戦い方を教えてくれっ!!」

剣八が振り向く。その左目はとても冷たく、身が竦む。

剣「っ……お願いだ。俺をもっと強くしてくれ――!!」

地面に両手をつく剣。そんな剣に、剣八は静かに口を開く。

八「おめえは、てめえが倒すと決めた相手に、頭下げて教えを乞うのか」

剣「っ」

八「とんだ腑抜けだな」

剣「俺は!」

父の蔑むような言葉を遮り、剣は声を上げる。

剣「俺は強くなりてえんだ。もっと、もっともっと」

 これ程心身共に弱いままでは話にならない。

八「それは、俺を倒す為なんだろ?だったらてめえの力でそれを可能にしやがれ」

剣「そう思って色々試した。俺なりに、少しは強くなったと思ってた。でも……っ俺、なにも、出来なかった、っ」

八「てめえの未熟さが生んだ結果だろうが」

剣「…ああ、そうだ」

八「あ?」

剣「更木剣八の息子ってだけで、周りの奴みんなに気ィ使われて、親父と比べられて、俺はそれがすげえ嫌で、だから強くなれば、そんなことなくなると思った。それで自分なりに修行して、強くなった気になって、っおふくろを、傷付けた」

自分に対する怒りで、剣は手元の土を強く握り締めた。

剣「俺は未熟で、弱ェ。それを認めたくなくて、意地張ってずっと目ェ逸らしてた。でも、それじゃ駄目なんだ。俺は、ぜってえ強くならなきゃなんねえんだ」

八「……強くなったその先に、なにを見てる」

剣「あんたを越える!!」

八「それだけか」

剣「お袋を、護りてえ。お袋だけじゃねえ。愛美も、自分のことも、それに、親父が危なくなったら親父のことも、全部、今度は俺が護る」

八「俺を護るだァ?……くっくっくっ」

剣「だから頼む!どんな過酷な修行にも耐える覚悟はある!だから、だから親父!お願いだ!俺に、戦い方を教えてください……!」

額を地に擦り付け、剣は懇願した。
それを横目に見た剣八は、なにも言わず息子に背を向けた。

八「何時までそうしてるつもりだ」

剣「……え?」

八「強くなりたきゃ、さっさと立て。強くなる方法なんざ、いくらでもある。おめえより強え奴なんざ腐る程いるんだからな」

そう言い残し、剣八は姿を消した。
剣は土を握り締め、歯を食いしばった。
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