Long Story2

□其の十
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 激痛を感じ、剣の意識が戻った。
 自分がどこかに寝かせられていることに気付き、すぐ側に人の気配が感じた。

「――あっ、ごめんなさい! 起こしちゃいました?」

 少女のような声が聞こえたが、視界が掠れていてよく見えない。

「布団を掛けなおそうと思ったんですが……」

 ぼやけて見える天井が煩わしく、剣は瞼を閉じた。

「ここは」
「四番隊の救護詰所です。あなたは、昨日の虚との戦いで負傷し、ずっと眠っておられました」
「その虚は?」
「あなたのお父様が倒されました。そのお父様とお母様、妹さんも昨日お見舞いに来られたんですよ」
「…………」
「あと、お友達の方もお見えになりました」
「は? 誰だよ」
「六番隊の銅梯九席です」

――友達じゃねえって。

「喉は乾きませか? なにか持って来ましょうか?」
「いらねえ」

 自分が惨めでならなかった。
 一回大虚を倒せたからといって、驕っていたのだろう。
 正直に言って、以前は自分の力だけではない。紬がいたから倒せたのであって、自分が大きく成長した訳ではなかった。
 それでも、止めを自分が刺せたのだからいい気になっていたのだった。
 自分はまだ身も心も弱い。

「更木さんって、すごいですよね」

 不意に彼女がそう呟いてきた。

――どっちの更木だ。

 未だに意識がはっきりしない。激痛と目眩に苛まれていて、剣は頭がよく働かなかった。

「周りの人は、お父様の更木隊長ほどではないって言っているけど、でも、私はとても強い人だと思います」

――俺のことか?

「きっと、お父様に負けないくらい強くなるために、修行をしているんですよね! 憧れますっ」

――俺に憧れる?

「そんな強い方の看護ができるなんて、光栄ですっ。あ! すみません、こういう言い方、不謹慎ですよね、すみません……でも、なんていうか、更木さんとお近づきになれて、私、うれしくて……すみません、急に変なことを言ってしまって。あ、では私は行きますので、ゆっくり休んでください!」
「あんた……」
「はいっ!」
「名前は」
「あ、来栖です! 来栖小鞠と申します」
「覚えとく」

 彼女の名前を聞き、剣は再び意識を闇へと沈めた。



 再び剣が目を覚ますと、傍らに紬が座っていた。

「よう。調子はどうだ?」
「……最悪だ」
「だろうな。まあ、心中お察し。あ、これ、いろいろ持ってきたぞ。指南書とか。ヒマだろうから」

 ベッド脇の小さな棚に、数冊の冊子が積まれている。

「ああ……俺は負けたんだろ」
「そうだな。めぐむちゃんから聞いたぞ。お前、ギリアンの虚閃を避けなかったみたいだな」
「ああ」

 ギリアンと巨大虚を相手に戦った剣。一瞬の気を取られて、虚閃を放たれた。それを避けずに斬魄刀で受け止め、その威力に耐えきれずに地面へ叩きつけられて、それから記憶がない。

「そっか、お前にはまだ教えてなかったな」
「なにをだ」
「最後の紬ちゃんのワンポイントアドバイス」
「……いや、最後っつうそれはもう聞いたぞ」
「いんだよ! 紬ちゃんのワンポイントアドバイスは無限にあんのっ」
「分かった分かった。教えろ」
「死ぬな。逃げろだ」

 今回の敗因とそれに関連があることくらい、剣にも分かる。
 剣があの時、虚閃を避けていたらこのような大怪我を負わずに済んだかもしれないのである。

「どんなにかっこ悪くてもいいんだ。死ぬよりは逃げた方がいい」
「それは分かるが……あのときとっさに、ここで逃げたら勝てねえと思ったんだ」
「まあ、分かるけど」
「あれだろ。逃げるべきところと向かっていくべきところを見極めるのが大事なんだろ」
「お、なんだよ。呑み込みが早えじゃん」

 紬が嬉しそうに笑う。

「それくらい、俺にだって分かる。分かんなきゃ、強くなれねえだろ」
「そうだ。戦いってのは、そのときそのときの正しい判断を瞬時に行わないと勝てない。まあ、そうでなくても勝てるときはあるがな」
「なんだそれ」
「運がよければの話。まあ、それはそれとして。今回剣が虚の虚閃を受け止めたっていう判断は、正しかったと思うか、それとも、間違っていたと思うか?」
「……間違っていた」

 もしあそこで虚閃を避けていたら、もっと別のタイミングで相手の隙を狙えていたかもしれない。狙えていたら、勝てたかもしれない。

「その判断で間違いねえと思う。でも、正しかったっていう見方もあるぞ」
「どこが」
「もっと虚閃と斬魄刀との角度を見誤っていたら、少しでも虚閃を当てるタイミングがずれていたら。こんな傷では済まなかったかもしれない」
「…………」
「だから、あのときのあの角度、あのタイミングの判断は正しかったんじゃねえの? あんまり落ち込むなって。結果的に生きてんだからさ。あとはどうとでもなるよ!」

――そうか、俺は生きている。だからまた戦えるし、また勝てる。

 剣は、包帯の巻かれた手を握り絞める。
 目覚めた時の激痛や目眩は、己が生きていることを表していたのだった。

「それでさ、お前の斬魄刀、どうなんだ?」

 ベッドの近くに立て掛けてあった斬魄刀。鞘から抜いてみると、刃こぼれをしているしヒビも入っていた。当分は使えなさそうである。

「使えねえ。どうすればいいんだ?」
「斬魄刀自身が自己修復するのを待つか、あとはマユリンに頼むかだな」
「涅隊長か?」
「うん。あいつに頼むと、有料で直してくれるよ。性別とか変わるらしいけど」
「性別とかあんのかよ!!」

 そもそも、斬魄刀を生物として見ていない。だから、性別があるとなるとそれは驚愕の事実である。

「あるある。ちなみにあたしのは女の子。愛胡のは男の人。会ったことあるしな」
「会ったことあるのかっ?」

 自分の斬魄刀だけならまだしも、他人の斬魄刀までも会うことが出来るとは信じられない。

「あるある。みんなの会ったことあるよ。超楽しかった! なんかな、なんやかんやあって斬魄刀が具現化しちゃってな。詳しいことはよう分からんけど」
「親父のもか?」
「いや、あいつのはない。まだ始解できてなかったからさ。始解もできてないのは具現化しないらしくて」

――俺の斬魄刀は……なんとなく男っぽいな。
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