Long Story2

□其の九
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 ある日、愛胡の元に、驚喜の報告が飛び込んだ。
 その知らせは、その後忽ち瀞霊廷中に広まったのだった。

「――剣が、虚を倒した?」

 再び大虚の出現があり、現世へ向かった愛胡達。隊舎に戻ってからそう聞かされた愛胡は、目を見開いて言葉を繰り返す。
 どうやら、現世で大虚が出現している頃に、こちらでも同様に虚が現れたようである。

「すごいね! 剣ちゃん、強くなったんだねっ」
「剣がひとりで?」

 執務室で待機していた隊士が、その場に紬もいたことを告げた。

「……すごい」

 息子の成長を聞き、愛胡は感極まって体を震えさせた。

「剣八さん、帰ったらお祝いしよう!」
 
 興奮して傍らにいる剣八に声を掛けるが、彼は頭をばりばりと掻いた。

「あぁ? めんどくせェ……」
「裏挺隊からの報告によると、更木隊士がほとんど手を下したと」
「本当ですか? すごい! 今日の夕ご飯は剣の好きなものいっぱい作ってあげよう!」

 嬉しくて、愛胡はその後の執務が妙に捗ったのだった。
 強くなりたいと言い出し、修行に励むようになった剣。そんな息子が心配で、実は気が気でなかったのである。
 怪我をして帰ってくる剣を見る度に、愛胡は不安を掻き立てられる毎日。
 元々四番隊に所属していたから、怪我人を多く看てきた。だから、怪我による苦痛は分かってあげられるつもりである。その為、修行終わりの剣は見ていられなかった。
 そんな剣が、確かな成果を自分にくれたのである。今まで負ってきた傷は無駄ではなかった証拠である。
 その日の夜、愛胡は愛美と一緒に剣の好きな食べ物を作りながら彼の帰りを待つ。
 いつもより少し遅く帰ってきた剣。軽く汗を流してくるという剣を、愛胡は年甲斐もなくそわそわした気持ちになる。
 剣が漸く姿を表し、そして今夜の食卓を見て、目を見開いた。

「どうしたんだよ、これ」

 ふっくらと焼いた厚焼き玉子に味の染み込んだ肉じゃが、肉と野菜炒めに豆腐とわかめの味噌汁などが剣を待ち受けていた。

「聞いたよ、お兄ちゃん、おっきい虚倒したんだって?」
「んあ? ん、まあ、一応……」

 剣は、恥ずかしそうに視線を外した。

「剣、すごいね。お母さんうれしいよ。早く座って食べよう?」
「お、おう……って、てめえ! なに先に食ってんだよ!!」

 見ると、剣八は既に箸を持ってかき込んでいたのだった。

「おめえが遅えからだろ。俺が全部食っちまうぞ」
「んだと!? てめえに食われて堪るか!」

 剣は勢いよく座って箸を握りしめる。

「今すぐてめえの箸へし折って……って言ってるそばからもう卵焼きがねえ!! ふざけんな!!」
「おい愛胡、肉じゃがもうねえのか?」
「なッ、肉じゃがまで!? てめえ、犬みてえに食ってんじゃねえ! 一旦待てをしてろ!!」
「はいはい。まだあるから。卵焼きも今焼くからね」
「早くしてくれ! クソ親父に全部食われる前に!」
「もう、ふたりとも汚いなあ。お兄ちゃん、そんな食べ方してたら、袴田さんに嫌われるよ?」
「んなあ?! ッゲホッゲホ……な、なんでそいつが出てきて……ってだからそいつとはなんでもねえんだって! 言っただろ!?」
「大丈夫大丈夫。みんなには内緒にしてあげるから」
「内緒にしてくれるなら今この場では言うなッ……じゃなくて、マジでアイツとはなにもねえんだって!」
「はいはい。あー、このじゃがいもおいしー」
「聞いてんのかっ?」
「ほらほら剣、よそ見してたらまたお父さんに食べられちゃうよ」
「オカマがどうしたって? お前、変なやつに好かれたのかァ?」
「はっ! てめえ、肉ばっか食いやがって!!その箸へし折ってやらぁあああ!」
「上等だァ! 俺の箸捌き、てめえに見えるか!?」
「子供か……」

 ふたりのやり取りを、呆れた目で見る愛美。
 愛胡には、この食卓が楽しくて仕方なかった。これからもこのような生活が続くと思うと、満ち足りた気持ちになるのだった。



「――なんかもうめんどくさいから、これが最後の紬ちゃんのワンポイントアドバイスな」
「は?」

 組み手の合間に、紬がそう口を切ってきた。
 最初の頃よりも、大分息が上がらなくなってきた剣。ゆっくり呼吸をしたまま、紬へ目を向ける。

「強くなる目的を定め、それを忘れるな」
「目的?」
「お前は強くなりたいって言ってるけど、なんのために強くなる?」
「え?」

ーー今更なに言ってんだ?

「めっちゃ大事なことなのに、訊き忘れてたわ」
「いや、だから、零番隊になるためだろ」

――そんなもん俺の覚悟聞いたときに言っただろ。

「お前さ、前、親父倒したいとかも言ってたよな」
「ああ」
「そんなのはな、ただの目標にすぎないんだ。目的は、ただひとつ!」

 紬が意気込んでそう述べるが、剣は混乱してきたのだった。

――コイツ、何が言いてえんだ?

「あたしが訊きたいのは、目的」
「いやだから、零番隊になって親父を倒すんだよ」
「だから、それは目標だ! 目的はなんだって訊いてんだよっ」
「はあ?! だから言ってんだろ!」
「違えって! 目的だ目的!」
「目的も目標も同じだろ!」
「違え! まったく別もんだ!」
「じゃあその違いを説明してみろよ」
「知らん!」
「はあ!?」

 埒があかないやりとりに、ふたりは苛々としてくる。
 剣は、紬の言わんとすることを全く理解出来なかった。

「なんて言うか、よく分かんないけど、目的と目標は違うんだ。例えば、お前はなぜ親父を倒したいんだ? なぜ零番隊になりたいほど強くなりたいんだ? それほど強くなって、どうしたんだ?」
「?」
「あーなんて言やあいいんだ?」

 頭を掻き、紬は言葉を捻り出してくる。

「親父を倒したい、零番隊になりたいって、一種の強さの具合だろ? それくらいの強さになりたいんだろ? じゃあ、それくらいの強さになったら、どうしたいんだって訊きたいの」
「どうしたい?」
「ああ」
「…………」
「な? 今のお前には、目標があっても目的がないんだ」

――言ってる意味が分かんねえ。親父を倒して零番隊になるだけじゃダメなのか?

「はっきり言って、親父を倒せるくらい、零番隊になれるくらい強くなることを目的にしてたら――かっこ悪いぜ」
「ンだと!?」

 自分を馬鹿にされているように感じ、剣は一気に頭に血が上る。

「じゃあてめえの目的はなんなんだよ! そういう言い方してんなら達成できたんだろうな!?」
「いや、できてない」

 きっぱりと告げる紬に、剣は腹を立たざるを得なくなる。
 偉そうに言ってきて、自分はまだ達成出来ていないとはどういう了見か。

「はあ!?」
「現在進行形だ」
「どういう意味だよ!」
「あたしの目的はな――みんなを助けて護ることだ」
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