Long Story2

□其の八
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「第一問! 破道の六十三 雷吼炮の詠唱は何でしょう」

 本日の袴田との修行は、まず座学から始まった。
 手頃な岩に腰かけ、袴田が質問を繰り出す。

「あー……えーっと……ヒント!」
「なしよ」
「くそっ……あー……」

――雷吼炮らいこうほう……散らばった骨とかのヤツだったっけ……。

「さ、散在する、骨? えー、あー……動けば風とかいうヤツだっけ?」
「もう、全然ダメね。覚えてきなさいって言ったでしょう?」
「覚えられるワケねえだろこんな長いヤツなんか!」
「覚えなきゃダメよ」
「どうやって覚えるんだよ」
「だから、何度も繰り返すの」
「…………」

――もともと、こういう覚える系のは本当に苦手なんだよな。

 霊術院時代でも、暗記のものはとにかく苦手で仕方なかった。覚えられる気がしなければ、覚えられる方法も知らない。
 とりあえず剣は、袴田から教わった雷吼炮の詠唱をひたすら繰り返した。

「散在する獣の骨……せ、せ、尖塔? あー…………えー?」
「紅晶、鋼鉄の?」
「紅晶……鋼鉄の車輪……動けば、風……えーっと……と、止まる…………っっだああああああ!! 無理に決まってんだろ!!!」

 思い出すことも覚えることも苦痛になり、剣は頭を掻き乱した。

「そう癇癪起こさないの」

 しかし、そんな剣に袴田が穏やかに告げた。

「分かったわ。じゃあ、空で暗記じゃなくて、書いて暗記することにしましょう」
「あ?」

 袴田は立ち上がり、懐から櫛を取り出した。そして剣の背後に回り、剣の髪を結ぶ紐に手を掛ける。

「手で書いた方が覚えやすいって言うでしょう」
「そうなのか?」

 乱れた剣の髪を梳かす袴田。それは丁寧な手つきだった。

「そうよ。書くのと同時に、口に出して覚えるの」
「……分かった」
「剣くんが詠唱覚えてこなかったから、今日の修行は捗らないわよ?」

 袴田がわざとらしく言ってきたが、ここで声を荒げていては何の進歩もない。
 出そうとした言葉を押し留めた剣は一度口を閉じて、再び開けた。

「……悪かったな」
「本当に強くなる気があるなら、諦めないこと」
「でもやっぱ覚えられねえだよな。じゃあさ、詠唱しないで鬼道使えるようにはなれねえの?」
「それは私はおすすめできないわね。やっぱり詠唱してこそ本来の鬼道の力が発揮できるのだから」
「じゃあ、俺は詠唱破棄で十分なくらい強くなってやるよ!」
「そうむやみに自分のハードルを高く儲けちゃだめよ。そんなの、ひとつの逃げ道なんだから。できないからと言って別の道を作っていてはだめ」
「……」
「はいできた」

 きれいに剣の髪を整えた袴田。
 剣は、思い切って袴田に訊いてみた。

「なあ。あんたって二重詠唱ってできるんだよな」
「ええ、できるわよ」
「見せてくれよ」
「剣くんにはまだ早いわ。急いでもなんの意味もないのよ」

 有無を言わせない勢いで袴田が述べる。

「ちゃんと鬼道を使いこなせてからね」
「…………あいつは」
「え?」
「あいつは、鬼道ができなくても強い」
「紬ちゃんのこと?」
「俺は、鬼道も斬術も歩法もみんな上手くなりてえ。でもあいつは、不得意なものがあっても、強いんだよな。だったら俺は、無理してなんでもかんでも上手くならなくていいのかな」
「…………」

 自分は弱いから、色んなものが上手く出来るようになって強くなりたい。
 しかし紬は、何でも出来る訳ではない。斬術も鬼道も苦手だと言う。
 ならば自分は、斬術も鬼道も歩法も全て上手くなる必要はないのだろうか。

「あのね、剣くん」

 袴田が座り直し、再び剣と向き合った。

「上手く言い表せないけど、紬ちゃんは特別なの」

 袴田の思わぬ言葉に、剣は繰り返す。

「特別?」
「紬ちゃんという存在は、尸魂界にとって特別で、そして特殊なの」
「…………」
「紬ちゃんと比べたり彼女を目指したりするのは、はっきり言って無意味よ」
「そこまでか?」

 確かに、剣も彼女の異常な能力の高さを知っているつもりである。それでも、物心ついた頃から側にいて接してきた彼女が馴染み深すぎて、袴田の言葉が実感出来ない。
 袴田が言う程、紬は特別で特殊という異質な存在なのだろうか。
 今の今まで、紬は剣にとってかなり近しい存在だったのだが、袴田にそう言われて、彼女がまるで別世界の存在かのような奇妙な感覚を覚えた。

「そこまでよ」

 袴田がはっきりと述べる。

「以前、紬ちゃんが言ったわよね。『母親の親友であるあたしがこの世界に存在しているという運の良さを、余さず利用しろよ』って。この意味、まだ剣くんは理解していないんじゃない?」

――確かにそんなようなこと言ってたような気がするが……理解してねえってか、そこまで重要なことなのか?

 剣には、未だにこの紬の言葉の重要性も分かっていなかった。

「もう一度言うわよ――紬ちゃんは尸魂界にとって、特別で特殊な存在なの。そんな彼女があなたのお母さんの親友だというのは、剣くんにとってとても運のいいことなの」

――そんなに言うほどか?

 剣にはまだ理解しきることが出来ない。紬の存在について深く考えたことなどないから。

「もし、特別で特殊な紬ちゃんが、あなたのお母さんの親友じゃなくて赤の他人だったら。剣くんは彼女の存在すら知ることがなかったのよ」

 自分が生まれたときからずっと近くにいた紬。そんな当たり前の存在を、今更深く考えることは簡単なものではなかった。
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