Long Story2
□其の七
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朝、愛美が家を出たのは、いつも通りの時間。
真央霊術院から自宅通いの出来る愛美は、今日もいつもの時間に家を出て向かったのだった。
霊術院に通ってから早々に斬魄刀との対話が出来て、始解も収得することが出来た。これは兄よりも早い、と両親も山本も、師範達も喜んで褒めてくれたので、愛美はますます学んで上達するという意欲に燃えたのだった。
――もっと強くなって、卍解もできるようになって、そして十一番隊に! 角ちゃんと一緒にお仕事!!
「ふふふ〜」
思わず笑みが零れるのであった。
そこに、愛美の背を追う黒い影――しかし愛美が気付くことはなかった。
教室に入り、早く来ていた友達に声をかける。
「おはよー」
「あ、愛美ちゃんおはよう!」
「昨日、愛美ちゃんのお兄さん見たよ」
「え、どこで?」
荷物を机の上に置き、友達の輪に加わった。
「流魂街で」
「流魂街っ? なんでそんなところに……」
「私昨日、流魂街にある実家に帰っててね、そこでお兄さんを見たの」
「なにかしてた?」
「なんかねえ、女の人と追いかけっこしてた」
――紬ちゃんだ! 絶対紬ちゃんだ! そしてふたりなにやってるのっ?
「最初は、お兄さんが女の人追いかけていたんだけど、次に見たときは逆で、女の人がお兄さんを追いかけてたの」
「愛美ちゃんのお兄さん、なにしてんの……」
呆れる友達を見て、愛美は小さく溜息をした。
「まさかとは思うけど……流魂街で女の人と遊んでたのかな」
「違う違う、修行なの!」
「修行?」
「うん。お兄ちゃんね、強くなりたくてその女の人に修行をつけてもらってるの」
「……えっと」
「色々とツッコミどころが……」
友達が戸惑い、愛美は恥ずかしい思いをしたのだった。
――帰ったら絶対お兄ちゃんに一言言ってやる!!
「お兄さん、なんで強くなりたくてその女の人に?」
「その女の人、何者?」
「え〜っとね、お兄ちゃんの強くなりたいうんぬんはよく分かんないんだけど、その女の人はね、私のお母さんの親友なの」
「へえ」
「お母さんがその人と出会ったときからその人すっごく強かったらしくてね」
「へえ、じゃあ、知ってる人だったから、お兄さんはその人に頼めたのかな」
「うん、そうだと思う」
「その人は死神なの? 何番隊?」
「え、え〜と……あ、一番隊なの」
「愛美ちゃんは、その人のことよく知ってるの?」
「うん。私が赤ちゃんのときから何回もうちに遊びに来てるの」
「その人、どんな人?」
友人達が、本来なら存在が秘匿の紬に興味を持ってしまい、それも仕方ないかと愛美は心の中で諦め、当たり障りのないことを教えてあげたのだった。
「とにかくバカみたいに強くて、怒るとバカみたいに怖いんだけど、でも、すごく自分のことを理解してて、すごく愛情深い人かな」
*
十一番隊舎。
書庫から必要な文献や書類の束を持ってきた愛胡。今日の執務や書類作成で必要になるかと思い、予め持ってきておこうと思ったのである。
しかし冊数が多く、かなり重くなってしまったので足元が覚束なくなってしまった。
――持ちすぎた……。剣八さんに手伝ってもらえばよかったかな。いや、これぐらい、自分でどうにかしなきゃな。
文献や種類の束で進行方向がよく見えない中、愛胡は慎重に歩を進めていき、廊下の角に行きついたとき。誰かが曲がってくるかもしれない、と向う側からの霊圧に注意を払おうとする。しかし、角の向こう側から感じる数人は、こちらへ曲がってくる者達でなさそうだった。
どうやら、廊下でたむろして話し込んでいるようである。
――勤務時間始まったのに、こんなところでおしゃべりして!
憤ったが、聞こえてきた名前に気を取られた。
「更木隊長ってすげえよな」
「だよな!」
――剣八さんのこと……。
廊下の角に隠れ、思わず聞き耳を立てる。
「隊長自身、すげえ強いだろ」
「もう尸魂界最強じゃね?」
「その上、副隊長があんなに可愛い子だしさ」
「俺、あの子目当てでここに入った!」
「俺も俺も! おっぱいでかいし!」
「だよなー」
話の内容は、聞いていて気持ちのいいものではないものの、どうやら3人の隊士がいるようだった。
「それでさ、ここに奥さんもいるから初めて見てみたんだけど、結構可愛い人だよな」
「ああ、愛胡ちゃんな」
「こんなむさいとこにいるから、なおさら可愛く見えるよな」
「副隊長と愛胡ちゃんがここのアイドル的な」
「な!」
「てか、愛胡ちゃんって結構若いよな?」
「知らんけど、たぶんそんな感じするよな」
「そんな人と結婚できたって、隊長マジすげえよ」
「それにさ、聞いた話だと、娘も結構可愛いらしいぞ」
「ああ、確か、息子と娘がいるっていう」
「隊長、可愛い副隊長と奥さんと娘がいて、マジ羨ましい!」
「超憧れるよなー」
「俺も隊長みたいになりてー!」
「お前には無理だよ」
「んだと! そういうお前こそ可能性は皆無だぞ!」
「なんだとコラァ!」
「――こんなとこで何してんだ?」
会話に気を取られ、近付いてくる霊圧に気がつかなかった。
「――っ!?」
後ろから声をかけられた愛胡は、体を震わせる。
その拍子に、抱えていた冊子などが腕から零れていった。
「あっ、ああ!」
落とすまいと必死に手と体を動かす。
「ぅおっ!」
相手も慌てて手を貸してくれるが、量が多く対応しきれない。
愛胡は勢いあまってよろけてしまい、相手の胸板へ額をぶつけさせたのだった。冊子は僅かに腕の中に残り、多くは床に落としてしまった。
「ご、ごめんなさいっ」
顔を上げると、その人物は、気がついた霊圧の通り、艶やかに光る頭部をした隊士だった。
「ぁっ……」
一角が一瞬にして顔を赤らめたのだった。
「えっと、怪我、してねえか?」
「はい、大丈夫です。すみません、私、びっくりしちゃって」
「いや、俺も悪かったな。急に声かけちまって……」
「いえ。あっ」
愛胡は一角から離れ、慌てて散らばった冊子を掻き集める。一角も腰を屈めてそれを手伝ってくれた。
廊下の角の向こうを見ると、隊士達の姿はもうなかった。今の騒ぎを聞き、急いで仕事に戻ったのだろう。
「っいた」
うっかり紙で指を切ってしまい、中指の側面に赤い線が出来た。
押してみると、そこから血が溢れてくる。
「大丈夫かっ」
「あ、はい。全然深くないので大丈夫ですよ。それより、本当にごめんなさい。手伝ってもらっちゃって」
「いや、いいけど。こんな量をひとりで運ぼうとしてたのか?」
「はい。これくらい大丈夫かなって」
――結局大丈夫じゃなかったけど。
「無理すんなよ」
「大丈夫ですよ!」
迷惑をかけまいと、一角に笑顔で頷く。
「ありがとうございました」
愛胡は、集まった束を再び抱えようとした。
「無理すんなって」
そう言うと、一角がその束を持ち上げたのだった。軽々と持つ様を見て、愛胡は感激した。
――さすがだなあ。
「俺が持ってってやる」
「でも」
「少なくとも、俺は愛胡より力があるからな」
一角には、結婚する前まで苗字で呼ばれていた。それが、結婚して「更木」になると今までのように呼ばれることが出来なくなってしまった。
ならば名前を呼び捨てで呼ぶというようになるのだが、一回剣八が渋ったのである。
しかし、そのまま「更木」と呼ぶのも違和感がある。名前でちゃん付けにしても、もともと苗字で呼び捨てだったのだから、それも不自然である。となると、やはり名前で呼び捨ての方が一番自然だった。
だから、その呼び方で剣八を納得されたのだった。
そもそも、剣八は一角という男を心ではしっかりと認めているので、強く反対することはなかったのである。
因みに、他の隊士からは「更木六席」、弓親からは「愛胡ちゃん」と呼ばれるようになった。
ふたりで廊下を進んでいくと、途中で出会た隊士達が勢いよく頭を下げてくる。
「班目三席、更木六席! お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
「おう」
「みなさん、お疲れ様です」
自分には、強くて頼れる夫と、可愛い子供達と、明るくて優しい上司や部下達、そして仲間思いの友人と慈愛に満ちた義父がいる。
誰にも羨ましがられることがなくても、自分はこれ以上ないくらい幸せだった。
*
袴田との修行の合間に、剣はよく世間話をするようになった。
彼は紬とは違い、適度に休憩を取り入れてくれる人だった。そのことについて言及すると、彼は「自分はそういう性格ではない」と述べた。
自分は紬のように無理を冒すような性格ではないし、それに休憩も挟まないと身体に悪いから、と言う。
岩場に腰を掛け、手鏡を覗く袴田を見て剣は、いよいよ彼を女性らしいと思ってきてしまったのだった。
しかし、その思いを必死で打ち消す。
「そういやさ」
「ん?」
「結局のところ、零番隊で一番強いのは誰なんだ。アイツなのか?」
アイツとは当然紬のことである。
「そうねえ……総合的に見て紬ちゃんかしら」
「あんたらこの間、どっちが白打とか斬術とか得意なのかってとき、すげえ意味分かんねえ言い方してただろ」
訊くと、袴田は手鏡を懐にしまって答えた。
「それはね、あたし達自身、よく分からないの。斬術とか白打とか、それぞれ誰が一番なのかっていうことを、特には考えてないからよ」
「なんで?」
「誰がどれを得意だとか不得意かだとは、あたし達零番隊にとって、取るに足らないことだから」
「……は?」
「死神の能力である、斬術、白打、歩法、鬼道それから、知力、体力、霊力、防御力。そのひとつひとつを見ると、それぞれ得意不得意がある。でもね、それで優劣はつかないってこと」
紬を例にすると、彼女は白打、歩法、体力、霊力、防御力がずば抜けて高い。それに対し、斬術、鬼道、知力がそれ程高い訳ではない。だが、総合的に見ると、零番隊では圧倒的な能力を誇っている。
袴田はというと、白打、鬼道、知力、霊力が高いし、反対に斬術、歩法、体力、防御力が劣っている。しかし、その能力の比較はあくまで零番隊内でのことであって、少なくとも零番隊所属には十分な能力を持ち合わせているのである。
「あくまでもあたし達は、零番隊という集団なのだから、自分が斬術を不得意でも、他の誰かが得意。鬼道が劣っていても誰かが上手。それでいいのよ。彼女は普段、自分最強って言っているけど、でも本当のところはね、あたし達みんなで力を合わせて強くなればいいって。そう考えてるのよ」
「あいつが?」
「ええ」
「……知力低いくせに、そういうことは考えられるんだな」
「そう言わないの」
くすりと笑い、袴田が諭す。
「そういえばあいつ、斬術は得意じゃないって言ってたけど、あんたよりはできるんだよな」
「比べるとそうね。でも、これに関しては僅差ね。紬ちゃんは得意じゃないって言っているけど、それでも上手な方よ。それにまあ、零番隊のみんなは、始解や卍解すると刀の形ではなくなるから、必ずしも斬術が誰よりも上手くなければならないっていうことにはならないんじゃないかしら」
「……俺の卍解は、どんな形なんだろうな」
腰に差す白鞘を見下ろす。
始解の時点で大きく形が変わるのだから、卍解時には一体どのような姿になるのか想像し難い。
「楽しみね」
微笑む袴田に、剣は頷いたのだった。