Long Story2

□其の五
1ページ/7ページ


剣はここ最近、毎日紬との修行に明け暮れていた。
ここまで来ても、紬の行動パターンが把握できない。
瀞霊廷のどこにいるのかも予想するのは難しい。大抵は七番隊にいるか、母親の見舞いに行っているか、街を歩いているか、他の隊の邪魔をしにいっているかであるが、その全てを回る勢いで探さないと到底見つからなかった。
戦うときのスピードも、全く追えない。力も体力も有し、まさに最強と呼ぶに相応しい。

剣「今日はどこにいんだ。クソ、めんどくせえ」

ぼやきながらも、本日の修行が始まったのだった。



愛胡が病室で朝食を食べていると、ドアが勢いよく開いた。

愛胡「びっくりした。もう、ドアはゆっくり開けないとだめでしょ」

入ってきた剣に注意をする。
今日も不機嫌そうに眉を顰めていた。

剣「ここにもいねえか」

どうやら今日も紬を探しているようだった。
紬はいつも神出鬼没だから、探すのも一苦労だろう。

剣「クッソ!あとどこにいやがんだよ」
紬「最近毎日来てくれるね」
剣「は!?違えし!あのババア探してるだけだしッ」
紬「でも、毎日顔を見せてくれるのはうれしいよ」

剣は視線を逸らした。恥ずかしがっているのだろう。

――本当に、いくつになっても可愛い。

愛胡「ちゃんと愛美のお手伝いしてあげてる?愛美、大変だと思うから」
剣「あ、ああ。おふくろも、ちゃんと飯食ってんのかよ」

剣がこちらに歩み寄ってきて食膳の中を覗く。

愛胡「うん、食べてるよ」
剣「……ケガ、治んのか?」

少し声を落として尋ねてきた。
自分のせいで傷ついたから、罪悪感に苛まれているのだろう。
愛胡はそんな剣に、明るく答えた。

愛胡「大丈夫だよ。もう傷口塞がったし。もうすぐ帰れるから。心配しなくていいよ」
剣「おう」
愛胡「今日も修行やるんでしょ?気をつけてね」
剣「ああ」

病室から出て行こうとする剣の背を見て、堪らずに愛胡は口を開いてしまった。

愛胡「仕事のことは、気にしないでいいからね」
剣「え?」
愛胡「……お父さんがね、隊士のみなさんに言ってくれたんだって。剣は今修行してるから、大目にみてやってくれって」

剣が目を見開いた。
驚くのも無理はない。いつも自分に厳しく当たる父親が、自分の為に隊士へ頼んだのだから。

愛胡「本当は、お父さんに言わないでくれって言われてたんだけどね」
剣「…………」

――気づいて。本当は、お父さんも剣のことを心から思っているから。

愛胡「剣。強くなるって決めたんなら、頑張りなさい。お母さんがずっと応援してるから。もちろん、お父さんもね。でも、無理はしないこと。辛くなったら、早めに帰りなさい。紬も分かってくれるから。ね?」
剣「あ、ああ」

剣は、顔を背けてさっさと出て行こうとした。

愛胡「行ってらっしゃい」
剣「……行ってきます」



涙が出そうだった。
先ほど、病室で母親の話を聞いて、剣はうっかり泣き出しそうになってしまったのだった。
いつも自分に厳しい父親が、自分の為に隊士達へ頼んだらしい。
自分などどうでもいいように接する父親が、実は自分のことを思って行動してくれた。
それが信じられない。
自分はこんなに反抗しているというのに、両親というのは変わらず自分のことを考えてくれている。自分はなにも返すことなどできないのに、多くのものを与えてくれる。
両親の無償の愛を感じ、剣は胸が締めつけられたのだった。

紬「――ふたりの愛情、分かっただろ」

救護詰所の建物から出ると、目の前に紬が立っていた。

剣「なんでここにいんだよ」
紬「お前があたしのこと、ババアって言ったから殴りつけてやろうかと思ってさ。でもそのあとなんかいいフンイキになりそうだったから、やっぱやめたんだ」
剣「……」

どうしてそんな都合よくこの場にいたのか、と問い質したい。しかし剣はぐっと堪えた。
紬にとってはいつものことである。彼女はまさに神出鬼没だから、タイミングよく色んな場面に出くわすのだった。
理由を尋ねても、あたしだから、と答えるだけである。

剣「それはそうと、今日はどっかに行くんじゃなかったか」
紬「そうそう、勉強部屋な。こっちこっち」

歩きだす紬を剣は追ったのだった。



結局、瞬歩で移動し始めた紬に必死になって追いかける羽目になった剣。
必死すぎて道順を覚える暇などなかった。
森を抜け、岩壁だらけの場所に出た。見たところのない景色に剣は思わず見回すが、紬はさっさと進んでいく。
慌てて後を追うと、彼女は一際大きな亀裂の中へと入っていく。

――こんなとこになにがあんだよ。

紬へ不信感を抱きながら、剣も亀裂の中へ飛び込んだ。
するとその中は、小さな穴と梯子があるだけの巨大な空間だった。後ろを振り返ってみると、大きな洞穴が口を開けている。
どうやらこの場所には、強力な結界が張られているようだった。
ここへ自分が入ってこられたのは、恐らく紬と一緒だったからだろう。
剣は視線を前に戻し、いつの間にか姿を消した紬の霊圧を探った。
この空間の丁度真ん中辺りにある、小さな穴から残留霊圧を感じる。
剣はそこの見えない穴の中へ、意を決して飛び降りた。
深く落ちていって着いたところは、上の空間より遥かに広い場所だった。
そこは、土でできた岩壁に囲まれたところで、なにもない、ただ開けているところだった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ