Long Story2

□其の一
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剣八と愛胡が結婚し三年が経った頃、剣の妹が生まれた。その子は愛美と名付けられ、更木家は尚賑やかになった。
それから更に時は過ぎ、現世でいう十八歳の青年と同等となった剣は死神になった。配属先は父の居る十一番隊。剣自身は何処でも良かったのだが、剣八が総隊長に直訴したのだという。

隊士「おい、あいつだろ?更木隊長の息子って」

隊士「うわ、目付き悪ィ……本当、隊長そっくりだな」

隊士「いきなり席官位付いたりすんだろうなァ」

隊士「隊長の子どもだもんなァ」

道場に集まった新入隊士のひそひそ話の主役は、勿論剣である。死神になると決めてから、剣は幾度となく話のネタにされてきた。
親が親なので流石に苛めはなかったが、文句を言われたり、嫌がらせはあった。しかし剣は、なにかしら言われるのは当たり前だと割切り、一度も気に留めはしなかったのだ。

や「んー、まあまあかな」

全隊士「!?」

だから今度も、耳に届いてはいるものの文句ひとつ言わず、壁に寄り掛かっていた。
その時であった。何時からか中を覗いていた一人の女性が、窓から中へと入ってきたのである。

や「あたし、副隊長の草鹿やちる。よろしくね」

全隊士「よ、よろしくお願いしますっ!!」

隊士「やべえ、草鹿副隊長超可愛い!」

隊士「俺、あの人が居たから此処に来たんだよ!」

隊士「俺も!やっぱ十一番隊来てよかったぜ!」

そう興奮気味に喋る隊士達の中心に居るやちるは、この数十年で美しい女性に成長した。桃色の髪の毛は腰まで伸び、ふわっと程よく巻かれている。誰より低かった身長も、百六十程まで伸びた。
彼女の華奢な身体からは想像も付かぬ程の大きい胸は、殆どの男性隊士を魅了する。そしてその顔は、睫毛も長く鼻筋の通った、美しく可愛らしいものになった。
だが笑うと、まだどこかあどけなさがあり、かつての面影もちゃんと残っている。

や「あっ!剣ちゃん!」

全隊士「!?」

剣「ぐえっ!?ってめ、いきなり抱き着くなって、何度言やァわかんだ!!」

や「いいじゃん、別に」

剣「俺がよくねえ!お前もうガキじゃねえんだぞ!?首でもやったらどうすんだ!」

や「あたしの心配してくれてるの?剣ちゃん優しいっ!」

剣「俺の首がどうにかなるってんだ!誰もお前の心配なんかしてねえ!つうか何時までくっついてる気だ!放せ!」

や「もー、剣ちゃんてば、そんなに照れなくてもいいのにー」

剣「照れてねえ!!」

端の方で座っている剣に、やちるは嬉しそうに抱き着いた。だが今の彼女に抱き着かれることは、剣にしたら堪らないことである。
周りの視線が集中してるのも一切気に留めず、剣はやちるに怒声を浴びせる。それを何時ものように、彼女が軽くあしらっていると、道場の戸が勢い良く開いた。

や「あっ!剣ちゃんっ!」

剣八がやって来たのである。それまで剣にくっついていたやちるが、これまた嬉しそうに剣八の傍へやって来る。

八「やちる。おめえ、見当たらねえと思ったらこっち来てやがったのか」

や「うん。剣ちゃんが来るって聞いたら、いてもたってもいられなくって」

八「?……ああ、そうか。……十一番隊隊長の更木剣八だ。いいか、おめえらの年齢、出身、経歴は一切問わねえ。なに一つ、ここでの立場は制限しねえし、保証もしねえ。
ただ一つ!俺がおめえらに求めるのは、強さだ。俺は強え奴が好きだ。戦うことの出来る奴が」

全隊士が見つめる中、剣八は彼らの間を通り抜け歩いて行く。奥の畳に腰掛けると、剣八は息子の剣を親指で示した。

八「それからおめえらも知ってると思うが、そこに居る目付きの悪ィのは俺の息子だ。だが、だからと言って優遇はしねえし、贔屓もしねえ。だから、四席は剣を含めたおめえらから選ぶことにした。
……いいかてめえら、肝に銘じとけ。強くなきゃなにも護れねえし、なにも手に入らねえんだ……地位が欲しけりゃ強くなれ。強くなって、俺を認めさせてみろ。わかったら気合入れて稽古に励め!
いいか!剣が俺の息子だからなんて理由で、手ェ抜いたりなんざするんじゃねえぞ!そんな腑抜けは、俺がたたっ斬ってやる!他の奴らと同等に、本気でぶつかれ!」

全隊士「はい!!」

八「それからもうひとつ、こいつァ最重要事項だ。一度しか言わねえからな、耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ」

全隊士「はい!!」

八「うちの六席は、知っての通り俺のもんだ。もし手ェ出すような真似しやがったら即座に斬捨てる。いいな」

全隊士「はい!!ん、え?」

一段と低い声で述べられた言葉に、新人隊士達は困惑の声を上げる。

八「いいな」

全隊士「っ、はっはい!!」

八「よし散れ!」

霊圧の上昇と、猛獣をも射殺しそうな鋭い眼光。そんな剣八に恐れをなした隊士達は、慌てて返事を返した。
剣八の隊長としての挨拶が終わると、隊士達はぞろぞろと道場を出ていく。これから隊舎にて、一角や弓親による仕事の説明や隊舎案内などが行われるのだ。
隊士達が全員出て行った後、剣は漸く立ち上がった。その手には、白い鞘の斬魄刀が握られている。剣八の斬魄刀程ではないが、剣のそれもなかなかの長刀である。

や「頑張ってね!剣ちゃん!」

八剣「あ?」

や「違うよ。剣ちゃんじゃなくて、あっちの剣ちゃん!」

八「分かりづれえよ。呼び方変えろ」

や「えー」

八「えーじゃねえ。つうかやちる、おめえもいい歳なんだからよ、そろそろ隊長って呼びやがれ」

や「剣ちゃんのが呼びやすいじゃん」

八「だから、それだと俺と剣が被るだろうが」

や「うー……じゃあ、剣ちゃんの新しいあだ名考える」

八「どっちのだ」

や「こっちの剣ちゃん!」

剣を指差し、やちるが声を上げる。

八剣「……勝手にしろ」

流石親子と言うべきか。剣八と剣が溜息交じりに答えたのは、完全に同時であった。互いの声が図ったように被り、二人は思わず互いを見遣った。

や「すっごーいっ!二人とも息ぴったり!」

八剣「…………」

八「……真似すんじゃねえよ」

剣「いやこっちの台詞だ!なんで俺がてめえの真似すんだよ!てめえが真似すんじゃねえ!」

八「あァ?なに言ってやがる。俺ァてめえの真似なんざした覚えはねえ」

剣「したじゃねえか!今!」

八「してねえっつてんだろ。つうかてめえ、さっきから親に向かってなんつう口の利き方だコラ」

剣「うっせえクソ親父!口の利き方に関しては、てめえにとやかく言われたかねえよ!」

八「なんだとこの餓鬼ァ!てめえ誰のお陰でそこまででかくなれたと思ってやがる!生意気言ってんじゃねえ!」

剣「あァ!?」

剣の喋り方が感に障った剣八は勢い良く立ち上がり、怒鳴りながら息子の傍へと近付いた。そのまま睨み合った剣と剣八の耳に、聞き慣れた声が届く。そのゆったりとした声は、勿論やちるではない。

愛胡「もう、二人でなにやってるの」

八剣「愛胡(おふくろ)!!」

や「あんこ!」

道場の入り口から響いた声は、剣の母親で剣八の妻である愛胡のものであった。彼女の隣では、剣の妹の愛美が中を覗いている。

愛胡「剣、さっきそこで一角さんが探してたよ。早く行きなさい」

剣「っ……うるせえな。俺だってそろそろ行こうと思ってたんだっ、い゛ってえ!なにすんだクソ親父!!」

愛胡愛「!」

八「てめえ、愛胡に向かってうるせえたァなんだ!探されてんのをわざわざ教えてやってんだぞ!礼ぐれえ言わねえか!」

剣「あァ!?いらねえだろ礼なんて!つうか、それくれえのこと一々教えに来んじゃねえよババア!っでえ!!」

八「誰がババアだゴラァ!!愛胡に謝れこのクソ餓鬼!!」

剣の愛胡に対する荒々しい口調と“ババア”という言葉に、剣八は怒りを込めて彼の頭をもう一発、思い切り殴った。

剣「うっせえな!てめえもいい歳して、何時までも愛胡愛胡言ってんじゃねえ!いい加減うぜえんだよ!」

八「あ゛ァ!?」

愛胡「剣!」

剣「あんだよ!」

愛胡「早く、行きなさい。一角さんが待ってるから……ね?」

剣「っ……わ、わかったよ」

笑顔で威圧する愛胡になにも言えなくなった剣は、小さく舌打ちをして道場を出た。

愛「頭、大丈夫?お兄ちゃん」

剣「ああ、平気だ。こんくれえ……慣れてる」

愛「あはは……いってらっしゃい」

剣「おう」

外で少し愛美と会話をした剣は、微かに笑みを浮かべて隊舎の方へ歩いて行ったのであった。
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