仔狐シリーズ

□03
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 現在の池袋で最も有名なカラーギャングといえば《ダラーズ》だろう。
 無色透明。
 どこにでもいて
 どこにもいない−−彼ら。
 去年の春に開かれた初集会後は更にメンバーを増やし、街でも彼らの噂をよく耳にする。
 それが彼らのリーダーである《少年》の意に沿ったものかどうかは、また別の話だけれど。

 勿論、池袋には他にも有名なチームがある。
 その一つが《黄巾賊》だ。
 黄巾賊−−三国志を模したその名の通り、チームカラーは黄色。
 《将軍》と呼ばれたリーダーを含め、全盛期においてメンバーの殆どが中学生前後という比較的若い世代の集まったチームだったらしい。
 数年前までは非常に穏健的な集団と知られていたが、同じく池袋を拠点とする《ブルースクウェア》との抗争を最後に《将軍》は姿を消し、チーム自体も活動らしき活動をしていなかったという。
 そんな黄巾賊がここ最近、再び活動的になっている。
 街中でもチームの象徴である《黄色》を身につけた若者達の姿を目に−−中には明らかに十代よりも上に見えるメンバーもいるようで、嘗ての《黄巾賊》そのものが復活したわけではないようだ。

 まあこんな感じで。
 黄巾賊についての回想終了。

 自分の足元にうつ伏せる《黄色》の彼らを見下ろしながら、私は何故こうなったのかを考えてみることにした。




***





 ことの始まりは、一週間前。
 会社から出ると自分に向けられる視線を感じた。
 けれど私はそれに気付いてないフリをして歩みを進めていく……すると案の定、視線と気配はそのまま後をついてきた。
 それは尾行と言うにはあまりにもお粗末なもので《あちら側》の人間ではないと直ぐに判断し、警戒レベルを通常に戻す。
 そこから数十分、街中を歩き続け相手を撒くことは容易なことだった。
 その翌日。
 昨夜と同じ視線と気配を感じとり、再び街中で撒く−−これが一週間続いた。
 まったく、迷惑な話である。
 尾行される理由は……一応いくつか心当たりはある。
 まず一つ。
 未だに私のことを調べているらしい折原さん関係−−けれど彼の場合、こんなまどろっこしいことをするぐらいなら、私に直接会いにくるだろう。
 なのでこれは却下する。
 二つ目−−これは、会社関係のトラブルだ。
 借金の回収業をやっているのだから、トラブルなんて別段珍しいことではない。
 回収組の先輩方にとって、そんなことは日常茶飯事だろう。
 時折、事務所の方にもトラブルを持ち込む客もいるため、そういう時は私が対応し丁重にお引き取り願っている。
 女一人と油断して脅してくる輩には、実力行使も辞さない(社長も了承済)
 今回も私を脅して、あわよくば自分の借金をチャラにしようと考える輩の仕業だと思っていた。
 そんなことにこれ以上付き合いきれない−−そう判断した一週間目の今日、排除行動にでることを決めた。




***





 私は会社を出ると直ぐに人気のない小路に入った。
 それを見た追尾者達も、好都合とばかりに付いてくる。
 そのまま暫く裏道を歩き、周囲に他の気配がないことを確認した私は、勢いよく後ろを振り向いた。
 すると予想通り、突然のことに対応しきれず間抜けな顔を晒した追尾者達を確認する。
 そこにいたのは思っていたよりも若い男達が三人。
 まあ若いといっても、私よりは少し上−−おそらく二十代前半ぐらいだろう。
 服装や雰囲気からして、働いていたり、キャバクラ通いをしているとは思えない。
 どちらかといえば、街で見かけるチンピラの類いだ。
 一つ気になることがあるとするなら、彼らが身につけている《黄色》の存在だった。
 黄巾族−−彼らが私に何の用だ−−と怪しむ視線に耐えきれなくなったのだろう、リーダーらしき男が声を上げた。

「て、テメエ!俺達に気付いてやがったのか!?」

「………」

 あの程度で気付くなと言う方が難しい。
 なんだろう……相手がとても残念な人達に見えてきた。
 憐れみに変わった私の視線に気付くことなく、男は言葉を続けていた。

「ひひひ……まあいい。俺達はあんたに用があんだよ、お嬢さん」

「あんただろ?最近、噂になってる平和島静雄の《オンナ》ってのは」

「そいつの特徴は《長い赤毛で小柄の女》……噂通りっスね、法螺田さん!」

 子分らしき男達が、リーダー格の法螺田という男に話をふる。
 え……ちょっと待って。
 今この人達は何て言った?
 私が平和島さんの−−女?
 しかも噂になってるって、どういうこと?

「さーて、お嬢さんよお……ちーっとばかし、俺達に協力してもらえねえか?」

「………」

「なんてこたあねえ。ただ大人しく、俺達についてきてくれりゃあいいのさ」

 ……なるほど。
 どうやら私を《平和島さんの恋人》だと荒唐無稽な噂話を鵜呑みにし、愉快な勘違いをしているようだ。
 しかも、人質にしたいなんて−−馬鹿馬鹿しい。

「お断りします」

「ひひひ、強気な女は嫌いじゃあないぜ?でもよお……あんた自分が置かれた状況分かってんのか?」

 その言葉を合図に、小型ナイフを構える男達。
 法螺田自身も懐からナイフを取り出し、余裕の表情を浮かべて近づいてくる。

「その可愛い顔に傷残したくなきゃあ、大人しく従えってーの。さあ、どうすんだ?あん?」

「お断りします」

「っ……人の話聞いてんのか!?コルァァ!!舐めてんじゃあねえぞ!テメェは大人しく俺達に従っときゃあいいんだよ!これ以上言うこと聞かねえんなら、力ずくで…」

「二つ、訂正したいことがあります」

「…あぁ?」

 法螺田の言葉を遮って、私は声を上げた。

「一つ目。私を人質にとって平和島さんに何をするつもりか知りませんが、生憎私は《平和島静雄の女》ではありません。そんな私に人質としての価値はありません−−当てが外れて残念でしたね」

「んだと?」

「それと、二つ目−−」

 そう言いかけながら、私は相手に認識させない速さでナイフめがけ、素早い手刀を放つ。

 ヒュン−−−

 瞬間的に聞こえた風を斬る音

 カラン−−−

 その次に聞こえたのは、折れたナイフの刃が地面に落ちる音

 たった今、目の前で起こったに対し、反応どころか理解すら出来ていないであろう男達に、私は続きの言葉を贈る。

「私に傷痕を残したいのならば、ただのナイフでは無理です」

 それでは、これより正当防衛をさせて頂きます。
 ああ、ご安心を−−命までとる気はありません。
 だからせめて、後悔だけはして下さいね−−?




***





 −−うん。
 確かこんな感じだった気がする。
 自分でも意外なことに、この一週間の間に蓄積されたストレスが多かったらしい。
 足元の彼らに与えたダメージは(勿論、手加減はしたが)それなりのものなので、暫くは目を覚まさないだろう。
 いつまでもここに転がっておくのも邪魔なので、救急車は呼んでおこう。
 外傷も殆どないので、一晩病院で世話になれば身体に支障はないはず。
 彼らが《黄色》を身に付けているので、医者もカラーギャングの喧嘩と判断するだろう。
 これに懲りたなら、もう変な考えを起こさないでほしい。

「すみません、人が三人倒れてます。場所は池袋の−−」

 携帯電話で通話をしながから、私はその場をあとにした。



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