仔狐シリーズ

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 妖刀−−罪歌。

 伝説や昔話で伝わる妖刀の名の通り、罪歌と言う日本刀もそれ自身が意志を持ち人を操ることが出来る−−
 曰わく、罪歌は人を愛す妖刀だ。
 自分が斬った相手の中に、恐怖と共に自身の有らん限りの《愛》を植え付け−−人間を支配する。
 さながら、愛する者との間に子供を作るかのように、自分の分身を残していく。
 そうして生まれた罪歌の《子》が、また新たな《子》を生む−−
 これを幾度も幾度も繰り返していけば、いつかは全人類が罪歌の愛を受け入れる日がくるだろう。

 人間全てと愛し合いたい−−

 それこそが、妖刀・罪歌の望みなのだ。




***





「−−その妖刀が、この街で起きている通り魔事件に関係している……と言う事ですか?」

「うん−−今回の仕事は、それを調べる事なんだ」

 哀川さんから回ってきた仕事なんだけどね−−と言って、いーちゃんは一息つく様にお茶を口に運ぶ。
 初めて出会った頃、大学生だったいーちゃんは大学を中退して、姉と同じ《請負人》の仕事をしている。
 何年か前に「あいつ商売敵になりやがった!」と姉から教えて貰った時は、少しだけ意外に思ったけれど直ぐに「彼らしい」と納得したものだ。

 そんないーちゃんが今回請け負った仕事が、池袋の通り魔事件と妖刀・罪歌の調査。
 一通りの説明は聞いたけれど《人を愛する妖刀》には少し驚かされた。
 既に、この街にはセルティさんと言うデュラハンが普通に暮らしているため、そんな妖刀が存在していてもおかしくはない。
 そして一番驚いたのは、罪歌が《罪口商会》に縁のある物だと言う事だ。
 世界の最下層である、暴力の世界。
 《殺し名》闇口(暗殺者)の対極に位置する《呪い名》の序列・第二位。
 それが、罪口−−罪口商会。
 彼らは所謂、武器職人だ。
 私は直接関わった事が無いけれど、噂に聞く通りの組織ならば《妖刀》と呼ばれる武器を作っても、なんらおかしくないだろう。

「でも……何故そんな物がこちら側に?−−もしかして犯人はプロなんですか?」

「いや−−少なくとも、あちら側が関わっている可能性は低いだろう−−って言うのが、哀川さんの見解だ」

 それに、仮にあちら側のプレイヤーが事件を起こしたとて、死人が出ないとは考えられない−−、との意見には素直に頷ける。
 以前、チャットでこの件が話題に上がった時、私自身が似たような事を考えたからだ。

「罪歌がこの街に流れてきたルートまでは、何とか探れたんだ−−けど、五年程前からの所在が掴めていない」

「五年前……ですか」

 その言葉に引っかかりを覚えた私は、自分の記憶の中を探っていく。
 すると、それは意外な程早く見つかった。
 そうだ−−
 これも以前チャットの話題になっていた。

「丁度その頃にも、同じ様な通り魔事件が起きてましたね」

「うん、ぼくも気になって調べてみたよ」

 いーちゃんが鞄から取り出した資料を受け取り、目を通す。
 そこには五年前の辻斬り事件の詳細が記載されていた。
 今回の事件と同様、被害者に接点はなく老若男女−−無差別的な犯行で、被害者の証言から犯人の使用した凶器は日本刀の様な物とされている。

「−−−−え?」

 資料を読んでいた私は驚きの余り、つい声を出してしまった。
 私の反応を見たいーちゃんも、横から資料を覗き見る。

「何かあったかい?」

「あ、はい−−ちょっと知ってる名前を見付けて……」

 そう−−
 資料にある事件関係者の中に、自分の知っている名前があった。
 それも−−三人。
 内二人は直接的な接点は無い

 那須島隆志

 贄川春奈

 那須島は来良学園で生徒に付きまとっていると、紀田君から相談を受けた問題教師。
 贄川春奈と言う少女は、前に那須島と関係があった高校二年生で、去年の秋に転校している。
 この二人は、五年前の事件で一緒に居た所を被害にあっている(直接被害を受けたのは少女だけで、那須島は目撃者として記載されていた)

 そして−−残る一人。
 私は《彼女》の事を、良く知っている。

 園原杏里−−杏里ちゃん。
 隣りの部屋に住む、私の友人。
 贄川春奈が転校して以降、那須島に目を付けられている女子生徒。
 資料によると、彼女はこの事件で家族を亡くしている。
 父親と母親。
 彼らの死を、目の前で見ていた。
 彼女の実家は古物商を営んでおり、当初は強盗目的の犯行として捜査されていたが、唯一の生き残りである杏里ちゃんの証言で、通り魔の犯行と言う可能性も浮上したらしい。

 被害は出ても−−死者は出ない。

 そんな一連の辻斬り事件で、初めて死者が出た《異質》な出来事。
 そして、この件以降、通り魔事件は五年間の沈黙を徹することになる。

 那須島
 贄川春奈
 そして−−園原杏里

 この三人が、こんな所で繋がるなんて−−
 しかも、杏里ちゃんに至っては二度も事件に遭遇している。

「《偶然》−−にしては、出来過ぎてるのかもね」

 私の話を聞いて、いーちゃんも思う所があるのだろう。
 暫く無言で思案した後、彼は私に語りかけた。

「紫ちゃん、頼みがある」

「はい、何でも言って下さい」

 貴方の為なら−−
 貴方に少しでも、何かを返せるならば−−私は何でも出来るのだから。

「元々ぼくがキミに会いに来たのは、今回の件で協力して欲しい事があったからだ」

「はい、そう崩子さんから聞いてます。私は何をすれば良いですか?」

「人を、紹介して欲しい」


 一人は、今話題に出た園原杏里。
 もう一人は−−

「ぼくが知る限り、罪歌の《最後の持ち主》だった岸谷森厳氏の一人息子−−」

 この街で闇医者をしている岸谷新羅、その人だ。



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