待ちに待った学校祭当日。 来神高校の学校祭は金曜土曜の二日間に渡って開催される。 一日目は部活動や委員会での出し物がメイン。 二日目は一般公開もされ、人の出入りも一番激しい。 初日はそれぞれ部活で当番だったり、人の少ない一日目の内に回りたいと言う奴らもいるためクラスでの最終調整は少人数の交代制で行っていた。 それも昼頃には終わり、飾り付けやテーブルなどが設営された教室は、やはりいつもとは別の雰囲気に包まれている。 昼休憩を挟み、午後からは衣装合わせや明日出すメニューの材料の買い出しや下拵えをしていた。 衣装と言えば−−当初用意するのはメイド服だけのはずが、女子の要望でいつの間にか執事服も数着用意されていた。 衣装準備の班にコスプレ好きの女子がいたらしく、こっそり自宅で作っていたらしい−−すごいなあ、おい。 でも、一体誰が着るんだ? サイズ的には男子なら誰でも着れそうだし(接客ができるか分からないが)案外、平和島が着たら似合うかもしれない。 アイツは足が長いので見栄えが良いだろう−−羨ましいことだ。 「……ん?」 ふと、衣装を入れていたダンボールに視線を向ければ、一着だけ残っている。 確かメイド係の女子達は、みんな隣の空き教室で着替えているはずだ。 まだ来てない子がいるのだろうか? 不思議に思い丁度近くにいた女子の委員長(井上)に声をかける。 「なあ、衣装が一着残ってるんだけど……てか、これ他よりデカくないか?」 「え……ああ!それ和泉のよ。今は部活の方に行ってるから」 「なるほど」 会話に出てきた和泉とは、バレーボール部所属でクラスの女子の中でも背が高く、俺や弟と同じくらいだ。 彼女が着るならば、他の衣装とサイズが違うのにも納得できる。 井上から和泉に渡してくれると言うので持っていた衣装を渡した。 「梓、何やってんの?」 夕方。 自宅でいつも寄り早い時間に食事の準備をしていると、本日の準備を見事にサボタージュしてくれやがった弟が帰宅し、台所へやってきた。 俺がこんな時間に準備してるのが珍しいようで、少しだけ驚いた様だった。 「夕飯と、明日の朝の分だよ。今夜、学校に泊まるから今の内に作っとくんだよ」 「え、何それ聞いてない!」 「だって、今日お前居なかったじゃん」 そう言い返せば、弟は「うっ……」と言葉を詰まらせる。 俺は料理の作業を続けながらも、経緯を説明した。 「夕方から借りる予定だった調理室の機材が不調で、夜にならないと使えないんだよ。だから今夜は泊まり込みで準備することになった」 「………そんなの、係の奴らに任せれば良いじゃん」 「俺は一応クラスのまとめ役だから、参加しないわけにいかないだろ」 それに女子は途中で家に帰す予定で、益々人手が足りなくなってしまう。 調理経験が家庭科の実習ぐらいしかない男子だけで作業させるなんて事したら−−楽しい筈の学園祭二日目は地獄になるだろう。 「夕飯と明日の朝飯作っとくから、クルリとマイルに食わしてくれよ」 「…………」 「あ、食器は洗浄機に入れてスタートするだけでいいから」 「…………」 「おーい、臨也?」 返事が無いので振り向けば、いつの間にか居間のソファーで不貞寝モードになっている弟の姿があった。 俺はコンロの火を止め、軽く手を洗ってからソファーの前まで移動すれば、足音で気付いたのか弟はモゾモゾと身じろぎした。 クッションをがっしりとホールドしているのが、少し子供っぽくて可愛い。 その場に屈み、そっと弟の頭に手を置くと、サラサラとした髪は昔と変わらず触り心地が良かった。 「臨也」 「…………」 「臨也、頼むよ」 「…………」 「臨也」 「…………梓は」 「ん?」 「梓は、ずるい」 弟の顔がクッションから離れ、漸く視線が交わる。 まだ拗ねているようで、無意識なのか口を尖らせながら文句を言い始めた。 「梓の馬鹿」 「うん」 「アホ」 「うん」 「お人好し」 「うん」 「シスコン」 「うん」 「過保護」 「うん」 「鈍感、鈍ちん」 「うん」 「誰にでも優しくするな」 「うん」 「最近、構ってくれないからムカつく」 「ごめん」 「キスしてくれたら許す」 ちゅっ−− 軽いリップ音が静かな室内でやけに響いた気がする。 「…………」 「機嫌、直ったか?」 放心したまま俺が一瞬だけ唇で触れた額に手を当て、見る見るうちに耳まで赤く染まる弟の頭を思いっきり撫でてから、再び台所に戻る。 今夜の献立は、ビーフシチューだ。 Q:何で兄は臨也にデコチューしたんですか? A:早く夕飯の準備をしたいから(笑) ……て言うのは建前で、多分、最近忙しくて構ってないからうっかり(←重要)罪悪感が出ちゃったんだと思われます。 本当に、うっかりです。 普段の兄だと、確実にデコピンしているでしょうね(笑) . |