今回の後日談−−という程でもないけれど、ちょっとしたオマケ話をしよう。 あの後、学校に駆けつけた救急車で運ばれ病院へ行った新羅と俺は、それぞれ手術室と処置室に連行された。 俺の縫合は難なく終わり、医師の診断でその日の内に帰宅が許されたが、流石に重傷だった新羅は、暫くの間入院生活をすることになった。 一方、弟はというと、俺達が救急車に乗る直前に「自分が二人を刺した」と名乗り出たため一人学校に残り、居合わせた先生に付き添われて警察へ行ったそうだ。 新羅の手術が終わるまで待合室にいた俺の元へも警察が来て、事件のことを聞かれた。 俺は救急車と警察が来るまでに三人で決めた通り『部活のことで言い合いになり、新羅を刺しそうな弟を止めようとして、ナイフが手に刺さった』と証言した。 警察で事情聴取中の弟も手術中の新羅も、それぞれ同じことを答えるので、警察はこの証言を疑うことなく信じると思われる−−まさか、中学生同士の犯人と被害者が口裏を合わせて、嘘の証言をしているとは誰も分からないだろう。 分からないと言えば、いくら奈倉に後悔させるためといえ無実の(完全にとはいえない)弟が、何故わざわざ罪を被ると言い出したのか−−その真意は不明だ。 ホント何考えてんだか……。 けど、一番の被害を受けた新羅が「それでいい」と即答した以上、俺は何も反対しない。 新羅の手術が無事に終わり、病室へ運ばれた頃、母が妹達を連れて俺を迎えに来た。 本当は母だけで来るはずだったらしいが、俺が怪我をしたことを知った妹達が「一緒に行く」と泣き出したのだとか。 包帯でぐるぐる巻きになった俺の手を見て涙を浮かべながら駆け寄ってきた妹達を、苦笑しながら宥める。 両親は既に警察から事件の話を聞いて、今は父が警察へ行っているらしい。 俺は母に「妹達には何も言わないで欲しい」と頼んだ。 今回のことで妹達が弟を嫌うようになるのは、俺が嫌だったからだ。 弟が家に帰ってきたのは、その日の夜中。 まだ未成年なので、今日は取りあえず家に帰されたらしい。 弟が部屋にきた時、妹達をやっとのことで寝かしつけた俺は、椅子に座り一息ついていたところだった。 「お帰り、臨也」 「梓……まだ起きてたんだ」 「ん、お前が帰ってくるかなーて思ってさ」 弟は俺の言葉を聞きながら近づいてくると、やっぱり気になるのか包帯に巻かれた腕に視線を向ける。 「……傷は平気なの?」 「お前なあ……俺より新羅の方を心配しろって。手術、無事に終わったよ」 「そう……ねぇ、梓」 「んー?」 「一緒に寝よ」 「バーカ、ベッド狭いだろ」 とは言ったものの、その時の弟の目が何年か前に俺が行方不明になった日の夜とダブって見えてしまった。 そのせいか結局は俺が折れる形になり、床に布団を敷き久しぶりに兄弟並んで一緒に寝た。 やっぱり布団は狭いが、冬場じゃないし問題ないだろう。 問題があるとしたら、中学生の兄弟が一つの布団ってとこだけど……まあいいか。 「奈倉を蹴り飛ばした時の梓、すごかったね」 「あー、そうか……?」 「うん、かっこよかった」 そう言われても、あれって反射的にやっちゃったから自分ではあんまり覚えていなけど。 「って、おい!男が男の腕に絡みつくな!」 「えー、梓は俺の特別だからいいの」 「アホか、寝言は寝て言え!」 「寝言じゃないし」 弟はそう言って、俺の腕(勿論、怪我をしていない方)に、更に力強くしがみついてくる。 おいおい…… これは流石に暑いぞ!? お前は暑くないのか? 「あー……こういうのは女の子相手にはするか、むしろされた方が嬉しいんじゃないのか?」 「俺は梓にこうしてる方が良い」 「……お前なあ、そろそろ兄弟離れしろよ?せっかくモテるんだしさ」 「彼女なんていらないし……」 「それはモテない奴に対するイヤミか!」 「梓は……彼女欲しいわけ?」 「んー、そこはまあ人並みってことで」 彼女……ねえ。 正直に言えば、今直ぐ欲しいってわけではない。 《前》だって、彼女が出来たのは大学に入ってからだったし、別に焦る必要はないだろう。 てか、精神年齢が三十路突入した俺にとって、今の同年代は年下にしか見えないんだよなあ……これは流石に恋愛する気になれない。 身体の実年齢的にはセーフでも精神的には犯罪である。 やべー。 「ねえ、俺と女の子……どっちが好き?」 「は……?」 「もし俺が女になったら……梓は俺のものになってくれる?」 「えーっと……臨也くん?」 「梓は……俺が男でも、好き?」 なんかぶっ飛んだ話になってきてるけど……どうしてこうなった!? もしかして、あれか? この弟は、俺が『人並み=彼女欲しい=彼女が一番』になるのが嫌だって言いたいのか? どんだけブラコンなんだよ! 直ぐ近くにある弟の顔を見ると、どこか不安そうな目をこちらに向けていた。 まるで、捨てられた子猫みたいだ。 ったく、仕方ない奴だなあ! 「臨也の方が好きに決まってんだろ」 「ほ、本当に?」 「本当に、だ。もうすっげー愛してるよ。俺の弟は世界でお前だけだからな」 これってどんな会話だよ!と内心突っ込んでいると、見る見るうちに目の前の弟の顔が赤くなっていく。 そして、とうとうプシューと湯気を出しそうな勢いで、見事布団の中で撃沈したのだった。 ……そんなに眠かったのか? 翌日。 九月一日。 本来なら二学期が始まる日。 しかし、この日は昨日の事件のせいで緊急の保護者会が開かれ、臨時休校となった。 当事者はともかく、夏休みの宿題が終わらなかった奴らにとってこの追加された休日は、ただのラッキーでしかないのだろう。 ちなみに。 校内で事件を起こした弟へのペナルティーは、停学処分となり、約一ヶ月間の自宅謹慎となった。 一応、傷害事件なので最悪の場合退学&裁判沙汰もありえたのだが−−被害者の俺と新羅が被害届を出さなかったので、停学に落ち着いた。 けれど部長が入院し副部長が停学処分になった我らが生物部は、無期限の活動停止をくらってしまい、事実上の廃部扱い。 俺と弟が何の苦労もなくでっち上げた文化祭の展示物は、お蔵入りとなってしまった。 うーん、残念。 俺の通院ついでに、弟と一緒に新羅の見舞いに行くと、彼はいつもの笑顔で迎えてくれた。 入院前と変わらず、よく回る口で「好きな人と会えないから、早く退院したい!」と愚痴をこぼしていたのが新羅らしいというか何というか…… そうそう。 忘れちゃいけないのが、今回の真犯人・奈倉のことである。 俺は詳しいことまでは知らないが、この事件をきっかけに弟に弱みを握られた彼は、晴れて弟にいいように使われる人間第一号となったそうだ。 ホント、ご愁傷様。 でも、自業自得なのと俺自身が被害者なので、同情は一切しないけどな。 そんな奈倉は時々、学校の廊下で擦れ違っては青ざめた顔で俺を見ていた。 俺は長いこと、それを不思議に思っていたが「……そう言えばあの時、思いっきり蹴り飛ばしたんだっけ?」と思い出して弟に呆れられたのは、数年後の話になる。 . |