折原兄シリーズ

□俺と中一の夏 前
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俺と中一の夏


 生物部の主な活動内容は《食虫植物の栽培》だった。
 部が発足した当初「どんな活動がしたいか?」と新羅に聞かれた時に、冗談で言った案が採用されてしまったのだから、本当に適当な部だ。
 結果的に考えると、部員(俺達以外にも数名いる)がローテーションで世話をするし、普通の植物よりもお手軽なのが利点だといえる。
 俺も週に二・三回、顔を出すだけの参加だから、放課後以降の生活スタイルにあまり変化はなかった。
 意外なことにも弟は副部長もしており、部の中では一番活動をしている。
 その逆で、部長である新羅が一番何もしないのだ。
 新羅も《活動をしている》と言う事実が必要なだけなので、基本的には部会と当番の時しか顔を出さない。
 まあ俺も、人のことを言える立場ではないけども。

 月日は流れ、夏休み初の部会。
 この日は、休み明けにある文化祭で展示する企画を話し合う予定だった。
 が−−生物部の活動拠点であるところの生物室に集まったのは、俺と弟と新羅の三人だけ。
 他の部員は休み−−本当に自由な部活だ。
 結局その話し合いも、新羅によって企画は全て弟に押し付けられる形となり、ものの五分とかからず終了した。
 流石に罪悪感を感じるので、何か手伝うことはないか後で聞いてみよう。
 俺がそんなことを思っている内に、弟と新羅の会話は《死体》がどうとかという話に進んでいる−−明らかに健全な中学生がする会話ではないだろう。
 それにしても、新羅の口はよく動くよなあ……あれで舌を噛んだりしないのだろうか?
 ふーん。
 ずっと腐らない、綺麗な死体が《動い》て《会話》して、身体の一部がない存在−−か。
 なんか昔読んだ本に似た話が出てきたけど……何だったけ?
 新羅のいう「下半身だけ〜」の反対、上半身だけだったら怪談話に出てくる《テケテケ》だよなあ。
 ほら、あの上半身だけの奴が鎌持って超高速で追いかけて来るアレだ。

「なあ、新羅はテケテケみたいなのが好きなのか?」

「あの話の流れで、どうしてテケテケが出てくるのさ……梓の頭の中って一体全体どうなってんの?」

 新羅が帰った後のこと。
 弟に疑問を投げかけたところ、溜め息混じりの突っ込みが返ってきた。
 うーん。
 どうやら、的外れなことを言ってしまったらしい。

「てかさ、梓は何とも思わないわけ?さっきの話」

「んー、強いて言えば健全な中学生がする話じゃないなって」
 別に《健全な中学生》を目指してるわけじゃないけども。

「……梓ってさぁ、昔からどこかズレてるよね。自分を虐めてた奴らをあっさり許したり、極端に他人と関わらないと思えば、新羅や他の部員とは普通に話すし。変に達観してるのに、突然アホなこと言い出したり……小さい頃から、わけ分かんないよ」

「わけ分かんない……か」

 そんなの、俺だってそうだ。
 何の特別もない−−普通の家庭に生まれて、人並みに育って生きていた。
 部活も勉強もそこそこしたし、遊びもした。
 家族や友達だっていたし−−彼女だっていた。

 あの日だって−−翌日の講義が午後からだので、朝起きたら途中止めにしていたレポートを仕上げるつもりだった。
 6時から9時までバイトして、家に帰って適当にダラダラして、ちょっと彼女と電話かメールをしてから眠る−−そして、朝起きて大学へ行く。
 そんな日常が、ずっと続くと信じていたのに−−

「俺だって、わけ分かんねえよ……」

「?何かいった?」

「んー、何にも」




***





 我らが生物部に事件が起こったのは、夏休み最終日である。
 昨日が当番だった俺は、間抜けにも今日になって生物室に忘れ物をしたことに気付いた。
 当番で学校にいるはずの弟に頼んでも良かったのだが……買い物に出るついでと思い、俺はのんびりと学校へ向かった。
 目的の生物室へ着き、中で弟と新羅が何か言い合っているのを見て、俺は溜め息をついた。
    ・・・
 ああ、バレたのか−−

 何故、あの弟が夏休みを費やしてでも全面的に部の仕事を引き受けていたのか。
 その裏には、定期的に入り浸る事になるこの生物室を野球賭博な取引現場とする為−−という理由があった。
 ……いやいや。
 普通、野球賭博なんて中学生が考えるかよ。
 しかも自分の弟が、だ……お兄ちゃんはビックリだよ。
 ちなみに。
 俺がこの事に気付いたのは、お盆休みの前だったりする。
 うっかり自分の当番日を間違えて生物室に来たところ、賭博の現場に出くわしたのだ。
 あの時は珍しいことに、弟も驚いていた気がする。
 本来なら、そこで俺が止めさせるなり注意するべきだったんだろうけど、その時の俺はどちらも選ばなかった−−何も、しなかった。
 十分に状況を理解した上で俺が出した結論は「新羅にバレたら止めろよ」だった。
 つまり、部長である新羅に丸投げしたのだ。
 その結果、今日に至る。

「臨也、新羅にバレたなら大人しく廃業しとけよ」

「ほら、キミの大好きな梓も言ってるよ!これで多数決は、二対一だ!」

「新羅っ!余計な事言うな!」

 えーっと、なんか凄い言葉が混じってるように聞こえたんだが……気のせいだよな?
 まあ、それは置いといてだ。
 普段の弟なら適当にあしらうことが出来る状況なのに……何でだ?
 あいつが、いつもよりイライラしてるように見える。
 黙り込んでしまった弟を前に、どうしたものかと考えていると−−静かに扉が開く音と共に一人の少年が現れた。
 両目の下にある泣きぼくろが特徴的なそいつに、俺は覚えがない。
 部員でもない彼は、おそらく弟の賭博仲間なのだろう。
 その証拠に、少年は暗い顔でぼそりと弟の名前を呟く。
 新羅が「奈倉」という名前を覚えていたので、二人のクラスメイトらしい。
 奈倉は、俺達の近くまで寄ってきたかと思えば、いきなり弟に金の算段を話始める。
 どうやら、賭博にのめり込むあまり、親の財布からお金を抜いたのがバレてしまいそうなのだとか。
 ……全く、同情の余地がない程の自業自得である。
 馬鹿だろ、こいつ。
 そして、弟が金を貸す意志がないと分かると、驚いたことに奈倉はポケットから小さなナイフを取り出した。
 何でそんなもん、学校に持って来てんだよ!
 俺と新羅が驚くなか、奈倉は震える手でナイフを握り、歯をガチガチと打ち鳴らしながら再度、弟に金を返せと要求する。
 呂律が上手く纏まっていないところを見ると、既に自分が何をしているのか分かっていないらしい。
 錯乱状態に近く、極めて危険だ。
 反対に弟は、淡々と奈倉に話かけているが(説得ではないのが弟らしい)危険だとは思っているようで、瞳には緊張の色を浮かべている。
 危ない−−!
 俺が奈倉の前に飛び出したのは、新羅が弟の前へ出たのとほぼ同時だった。
 弟を狙ったナイフは、それを止めに入った俺の右手を斬りつけ−−勢いがあるまま、新羅の腹部に突き刺さる。
 そして「まつぐぼっ」という、ものすごく奇妙な叫びが生物室に響き渡る。
 新羅の奇声だった。
 俺は小さく舌打ちをすると、顔を青ざめ呆然としている奈倉を力任せに蹴り倒し、俺達から遠ざける。
 それ以降は奈倉のことを意識から追い出し、俺は新羅の傷口を確認することに集中した。
 素人目で正確な判断出来ないが……傷の大きさは思ったより小さく、ナイフの長さから考えて、あまり深くは刺さっていないだろう。
 けれど出血は多く、新羅の制服は見る見るうちに赤く染まっていく。

「新羅、意識あるか?」

「なん……とか、ね…」

 ポケットに入れていたハンカチを取り出し、苦し紛れに止血していた俺が声をかけると、新羅は引きつりながら笑みを見せる。
 まったく、この状況で肝が据わった奴だ。
 側に駆け寄ってきた弟が、自分の携帯電話で救急車を呼ぼうとしたが、それは新羅によって止められる。
 新羅は用具入れにあるガムテープで止血すると言い出し、弟がそれに従いテープを差し出せば、器用なことに自分の傷口をふさいだ。
 おお!
 お前、ホントすごいな!
 俺が新羅の手際の良さに感心していると、弟が声を上げる。

「新羅、悪いけど……梓の傷口も頼めるか?」

「は?俺は良いって、ちょっと掠れただけだし」

 舐めとけばいい、と言ったら弟に思いっきり睨まれた。
 ええ……!?
 だって明らかに重傷な新羅に手当てしてもらうわけにはいかないだろ!?

「梓、大丈夫…すぐ死ぬような傷じゃないから」

「新羅……」

 青い顔をしながら「傷、見せて」と笑う新羅に根気負けした俺は、自分の血で濡れた右手を差し出す。
 幸いにも新羅の見立てで、俺の傷口もそう深くないらしい。
 縫合はしないといけないが、日常生活に支障はないそうだ。
 新羅からの説明を聞いていると、携帯電話を持ったままの弟が俺達に話かけてくる。

「……なぁ、梓に新羅。その傷さ、俺がナイフで刺した……って事にしていいか?」

「いつつつ……え?」

「……は?」

 予期せぬ言葉に驚く俺と新羅に向かい、弟は怪しげな笑みをうかべて言った。

「その代わりに……俺が、一生かけて奈倉の奴に後悔させてやるからさ」

 ……お前の言葉を聞いた俺が、今正に後悔したよ。


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