俺と弟 只今絶賛人生をやり直し中の俺には双子の弟がいる。 俺達兄弟は一卵性双生児で、顔や身長体重まで殆ど同じ。 まるで鏡越しに自分の姿を見ているようにそっくりで、真剣に入れ替わろうと思えば多分誰も−−両親ですら、見分けがつかないだろう。 そんな俺達を、区別出来るとしたら−−それは内面や性格の違いだろう。 はっきり言って、俺こと折原梓という子供は、実に子供らしくない幼少期を送っていた。 赤ん坊の頃はまだ良かった。 いくら自分の身の回りの事を他人任せにすることが恥ずかしいとは言え(羞恥心で軽く死ねた)寝て泣いていれば自然に一日が過ぎていく。 俺が本格的に困り始めたのは、弟と一緒に保育園へ通い出してからだった。 自分の周りには、どこを見ても子供子供……精神年齢がとうに二十歳を越えている俺にとって、保育園という空間は正に未知の世界だった。 先生には子供扱いされるわ、同年代の奴らの考え方が分からないわ……いや、子供が嫌いってわけじゃあないんだけど。 当時流行っていた(弟も見ていた)ヒーロー作品に話を合わせる事ぐらいしか出来ず、通うだけで疲れてしまう。 そんなストレス要因満載の場所へ通うにつれて、俺はよく体調を崩すようになった。 仕事が忙しい中、心配してくれる両親を始め家族には申し訳なかったが、幼い俺の身体にも限界がある。 入院こそしなかったものの、保育園には月に数回しか通わず、行ったら行ったで一人教室で本を読むようになっていた。 勿論、それで友達など出来るはずもなく、人当たりも良く常に人に囲まれていた弟とは対照的だったろう。 俺的には自分の精神安定上、無理に同年代の奴らと関わるよりは一人の方が良かったので、苦にはならなかったけど。 何度か先生達に「梓くんも皆と遊んだら?」と言われたものの、群を抜いて聞き分けのよい《良い子》だった俺に、無理強いをする人は居なかった。 そんな俺も、小学校に上がると、この状況に慣れてきたのか体調を崩すのも少なくなり、一応通学はできていた。 けれどやはり同級生と積極的に関わる事はせず、クラスでも浮いた存在だった。 自分でいうのもアレだが−−俺と弟の顔は整っている方で、よく女子に話かけられていた。 女の子相手に流石に無視する事も出来ないので、当たり障りのない返事をするが、やはりそれを気に入らない奴らも居るらしく、時々嫌がらせのようなことも起きていた。 嫌がらせと言っても、まあ所詮は小学生の考える範囲のもので、消しゴムや鉛筆が無くなったり、机や教科書・ノートに落書きをされたりが殆どだった。 生憎と、そんな事でヘコむ精神年齢ではないため、軽くスルーしていた俺だったが−−塵も積もれば何とやら、ある時事件が起きた。 あれは確か、三年になった春だったと思う。 その日最後の授業が体育で、授業の終わりに使用した用具の片付けをしていた時、タイミングが良いのか悪いのか一人で体育倉庫にいた俺は、見事に閉じ込められてしまった。 これは後に聞いた話だが、実行犯はクラスのガキ大将的存在だった奴のグループだった。 何でも、そいつの片恋相手が俺の事を好きだったのが原因だったそうだ。 まったく−−若いってすごいなあ、おい! 体育倉庫は人が頻繁に通る場所でもないし、基本的に放課後は誰も使用しない。 当時の小学生が携帯など持っているはずもなく、自力では助けを呼べない状況に、俺は完全に諦めモードだった。 荷物や着替えは教室に起きっぱなしだし、俺が家に帰らないとなれば、誰かしら探しに来るだろう−−最悪、明日になれば授業で体育倉庫も使われると思うので、それまでの我慢だと納得した俺は無駄な体力の消耗を避けるためマットの上で大人しく座って時間を過ごしていた。 あの時ほど、暇な時間を過ごしたこともないだろう。 そして助けが来たのは思っていたより早く、日が沈んだ頃。 意外なことに、最初に俺が居ないのに気付いたのは弟だったそうだ。 その頃の俺が毎日放課後に図書室へ通っているのを知っていた弟は、俺の帰りが遅いと学校まで様子を見にきたらしい。 俺はたまに司書の先生の手伝いもしていたため、まだ図書室に居るのかと思い足を運ぶが当然俺の姿はなく、先生に聞いても「今日は来ていない」と言われる。 そして、下駄箱に俺の靴は無かった。 帰宅途中で俺が寄り道をしないのを知っていた弟は、靴は無いが俺がまだ校内に居るのではと考え職員室へ向かい、それから事態は俺が思っていたより大袈裟な事になっていた。 まず、俺が家に帰っていないと知った先生達は大慌てで通学路を捜索したり、クラスの連絡網で俺の所在を訪ね回った。 何人かの先生達は校内を隈無く探したが、発見されたのは教室に残されたランドセルと着替えのみ。 日が沈んだ頃には学校に両親が呼び出され、そろそろ警察に通報をしようと話が纏まりかけた時−−弟の声が上がった。 「ねえ、体育倉庫は誰か見たの?」 これは俺の想像だが、その場で一番冷静だったのは弟なのではないかと思う。 教室に着替えが残っている以上、俺が体操服姿でいる事は容易に想像できる。 それに加えてクラスの最後の授業は体育だった。 普通に考えれば直ぐにでも体育倉庫を確認しようとするが、先生達も、まさかそこに生徒が閉じ込められているとは思いもよらなかったらしい。 かくして俺は無事に保護され、念のためにと病院に運ばれたが、ただ閉じ込められていただけで大した怪我も無く、詳しい話は明日することとなり、直ぐに帰宅が許された。 帰宅した俺は何事も無かったようにいつも通り過ごしていたが、反対に弟の方が落ち着きがなかった。 具体的にいえば、病院から帰るなり、俺にピッタリ引っ付いて離れようとしないのだ。 その日は久しぶりに一緒に風呂へ入ったし、同じベッドで寝る事になった。 んー、なんでだ? 「ねえ、梓は閉じこめられた心当たりはないの?」 「さー、どうだろ?」 「……何で怒ってないのさ」 「まあ……もういいかなって」 めんどくさいし、といった俺の答えが気に入らなかったらしい弟は、寝るまで眉間にシワを寄せていた。 こうして弟と一緒の布団で寝るのは小学校に入学して以来だったので、二人で寝るには布団がちょっと狭い。 あの頃より、俺も弟も成長したんだなあ−−と思いながら、その日は眠りについた。 翌日 始業時間ギリギリまで、昨日閉じ込められた件を散々説明させられていた俺が教室へ行くと、実行犯だった奴らにいきなり土下座され許しを請われた。 そいつらが凄く震えていたのは気のせいではないようで、何があったのかは知らないが、俺が許した後も率先して俺のパシリみたいになっていたし、嫌がらせ行為も気付けば無くなっていた。 −−そうそう もう一つ変わったことといえばあの事件以来学、やたらと弟が引っ付いてきたり一緒に下校するようになった。 兄弟が居るのは初めての経験なのでよく分からないが−−まあ兄弟の関係が険悪じゃないだけ良いのだろう。 . |