接客中に突然妹達が現れて、女装姿を目撃されるというハプニングがあったものの、学校祭二日目は至って順調だった。 妹達の登場もあって、クラスメイト達の勧めで早めに仕事を上がる事の出来た俺は、宣伝用のプラカート片手に妹達と校内を見回っていた。 「アズ姉!あれ食べたい!」 「…姉……買…(姉さん、私はあっち)」 高校の学校祭という未知の出来事を思いっきり楽しんでいる妹達(色違いの猫耳パーカー)は、年相応に可愛らしく和まずにはいられない。 −−が 気になる事が一つある。 「なあ、何で《姉》なんだ?」 そう、先程教室を出た頃から妹達は俺を《姉》と呼び出したのだ。 いくら女装中でも、中身は変わらないと言うのに−− 「良いじゃん!気分だよ気分!」 「…姉……嫌…?(今日だけ姉さんって呼んじゃダメ?)」 年の離れた可愛い妹達に、大きな赤い瞳で見上げられながらお強請りされて、落ちない兄貴が居るだろうか? 否−−少なくとも、俺は落ちてしまう。 余所がどうかは知らないが、折原家の長兄は妹に甘い生き物なのだ。 一日限定の姉呼びを了承すると、妹達は嬉しそうに笑っていた。 「ね、いいじゃん。俺達と回ろうぜ」 「なんでも奢ってあげるしさ」 「キミ名前は?何年何組?」 二時間後。 何故俺が、私服姿の男三人に口説かれている真っ最中かと言うと−−切欠は数分前に遡る。 模擬店の様子見のため妹達を連れ一度教室に戻ろうとしていた所で、俺達は偶然ナンパ現場に出くわした。 男三人に女の子が一人。 どう見ても女の子の方は嫌がっている様子だが、男達は構わず声をかけ続けている。 このまま見過ごしてしまうには後ろめたい事もあり、妹達に隠れているようにと言い残し、直ぐに女の子と男の間に割って入った。 突然の乱入者に驚く男達に構う事なく、女の子に「早く逃げな」と声をかけると彼女は足早にその場を後にした。 当然残された三人は、ナンパを邪魔した俺に文句をつけてきた。 が、間の悪い事に今は女装中で−−どうやら女子と勘違いされてしまったらしい。 男達は節操のない事に、今度はこちらをナンパし始めたのだ。 いい加減付き合いきれなくなり、無言で去ろうとした俺の手首を男の一人が遠慮なしに掴み、廊下の壁に俺を追い詰める。 いきなり押されたせいで、壁に当たった背中に少しだけ痛みが走る。 「無視するなんて酷いじゃん」 「俺達暇でさあ……ご奉仕してくれよ、メイドさん?」 「そこの準備室開いてっから、ちょうどいいだろ」 ニヤニヤと下品な笑みを浮かべ、今にも人のスカートの中に手を伸ばそうとする男達。 奴らの行動に、我慢も限界に達し(弟曰わく)自慢の蹴りをそれぞれの股間に入れてやろうと片足を上げた瞬間、その声は聞こえてきた。 「あんたら、そこで何をしてるの」 いつの間に現れたのだろう−−男達の背後で揺れる自分と同じ黒髪を見つける。 服装こそ執事服だったものの、それが誰か見間違う事は無い。 「俺の梓に手を出して……タダで済むなんて思ってませんよね−−先輩方?」 ヒーローよろしく颯爽と登場しながらも、お世辞にも人が良いと思えない黒い笑みを顔に貼り付けた弟が、そこに居た。 弟が現れてからの展開は本当に早かった。 どうやら男達と知り合いだったらしいく、弟の姿を見るやいなや怯えた様子で「すまん!」「許してくれ!」などと、何やら言い訳じみた言葉を残し、わらわらと蜘蛛の子を散らすように退散して行った。 とりあえず大した騒ぎにならなかった事に安心していると、目の前から弟の焦った様な声が聞こえた。 「梓、大丈夫?怪我はない?」 「平気。お陰で助かった」 安心させようと笑ってみせるが、効果は今一つらしい。 「本当に?変なことされてない?」 「うん、されてない」 「……よかったぁ」 再度無事を告げる言葉にやっと安心したのか、臨也は俺の首に腕を回しギュッと抱きついてきた。 さっきまでの黒い笑みはどこに消えたのか、まるで自宅にいる時のように甘えてくる様子が可笑しくて、ついつい笑みが零れる。 「臨也、落ち着けって」 「だって……」 「ほら、そこの準備室開いてるみたいだし少し休もう」 眠気防止にと朝から今まで入れていた気合いが弟の登場で緩んでしまった俺は、正直言って今もの凄く疲れている。 −−兎に角、休みたい 先ほどの男達の言葉を思い出し、弟の手を引いて誰もいない準備室に足を踏み入れた。 「そう言えば、何で俺がここに居るって分かったんだ?」 「クルリとマイルが梓が大変だって知らせに来た」 あいつらも偶には役に立つな−−と、言った弟の頭を軽く叩いてやる。 まったく−−俺の為を思って行動してくれた可愛い妹達に向かって何を言うんだか。 まあ、助けて貰った手前いつもよりだいぶ手加減したのだから、これくらい許されるだろう。 室内に入ってから改めて弟を見る。 衣装係の女子が密かに作っていた執事服の一着(もう一着は平和島が午前中に着ていた)を身に纏った姿は、身内目から見ても結構様になっている。 少なくとも、俺の女装よりはマシだろう。 「似合ってるな、それ」 「梓だって……似合い過ぎ。完璧女の子じゃん」 「……嬉しくない」 「ねえ、下着はどうなってんの?」 そう言いながらスカートを捲ろうと伸ばされた手を、俺は素早く叩いて阻止した。 弟よ−−やってる事が先の男達と同レベルだぞ。 「自分のに決まってるだろ!」 「えー、つまんない」 「この上、女物の下着なんか履いたら、ただの変態だっ!」 つまる、つまらないの話では無い。 世の中には《女の心》を持った上で、女性下着を身につける人達も存在するけれど、俺は身も心も完全な男だ。 祭りの余興での女装までは許せても下着までは断固拒否するし、クラスの女子達も最後の良心を残していたららしく、そこまでは要求してこなかった(若干悔しそうにしている者も居たようだが、見なかった事にする) −−はあ、もう家に帰って自分のベッドで熟睡したい。 そんな心の呟きが伝わったのかどうか知らないが、弟が間近で顔を覗き込んでくる。 「梓、眠いの?」 「……眠い」 「どうせ、準備でろくに寝てないんでしょ」 「…………」 呆れ顔になる弟の言葉に、何も返せず無言になってしまう。 これではいつもと立場が逆だ−−と苦笑が零れた。 弟は室内を見渡して適当な椅子を幾つか集めると、早朝に俺がやった要領でそれらを並べていく。 どうやら簡易ベッドを作ってくれたらしい。 けど、何故弟が一番端に腰掛けるんだ? 「ほら、起こしてあげるから少し寝なよ」 「いや、お前は戻らないと……」 「大丈夫。もう殆ど完売しそうだったから、そろそろ閉店だって」 「けど……」 「あぁ、もう!梓の頑固者っ!」 「えっ、ちょ……っ!?」 弟が痺れを切らしたように声を上げ、急に腕を引っ張られる。 バランスを崩し倒れかけた身体を受け止められ、そのまま並べた椅子に横たわる形になった。 そして、何故か俺の頭は弟の膝上に収まっている。 所謂−−膝枕と言うやつだ。 「えっと……臨也?」 「ほら、さっさと寝ちゃいなよ」 後で起こしてあげるからさ−−そう言われながら頭を軽く撫でられると、再び強めの睡魔に襲われた。 段々と瞼に感じる重さが増していき微睡んでいく。 「おやすみ、梓−−」 そんな弟の言葉を最後に聞きながら、俺は意識を手放した。 . |