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□いつもいっしょ
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サスケ(……緊急…?)
里の外での長期任務中だった俺のもとに、里からの緊急伝令用の鷹が降りたった。それ以前にも、里外での任務や、俺が近辺にいる時などには、別件を言い付けられることも幾度かはあったのだが。
緊急伝令は、まず無い。
すでに夜は更けていたが、俺は岩場に身を潜め、任務内容に目を通す。
依頼者は、前々火影にあたる綱手姫、および前火影であるカカシ。
依頼内容は、許可なく里を出た者の追跡、および保護。無事、里まで連れ戻し、何事もなかったように、この件をもみ消すこと。
対象は、
義理の、姉だった。
*
私がどうやって、この場所を調べあげたのかも、もう思い出せない。重要な書庫の整理までさせてくれたシズネに感謝する。そして、ごめんなさい。
道なき道を、おぼつかない足取りで進む。呼吸はずっと、整わない。歩き疲れた所為もある、けれど、それ以上に、身体が高揚しているからだろう。
月明かりだけを頼りに、私は開けた場所に辿り着く。そして、その足元にいくつか散らばる石の、一カ所を目指し、ゆっくりとその石を押す。
小さく振動する地面。深呼吸をひとつする間に、
三忍、大蛇丸様のアジトの入り口が現れた。
大「よく此処が分かったわねぇ…木の葉の機密書類は、随分とずさんな扱われ方をしているようね…」
昔なら有無を言わさず殺されていたであろう侵入者。なのに私が無事に彼の前まで姿を見せることが出来たのは、年月を経て、彼もまるくなったのか。それとも。
大「まあいいわ…本題に入りましょう。…用件は何かしら?」
「………」
大「…まさか、任務で来たわけではないようだから。抜けてきたのね、」
「…あの、」
大「………」
「…生き返らせて、ほしいひとがいます」
私の言葉を聞き終えるくらいに、ゆっくりと上がった彼の口角。昔の血を、私が騒がせたのかもしれない。じっとこちらを見据えて、ゆっくりと口を開く。
大「…イタチくんね」
「………」
バレバレだ。お見通しってことらしい。私は、義弟から譲り受けたイタチの額当てと、小さなポリ袋に入れた髪の毛を取り出した。
「…髪の毛でも、出来ますか…?」
大「それが…イタチくんのモノだという証明は出来るのかしら?」
「…そ、それは…」
大「万が一、それがサスケくんのモノだったなら、術の途中で誤作動を起こし、サスケくんの身にも危険が及ぶわよ」
「…ここで、DNA鑑定できますか?」
大「…香燐、」
香「………」
大「これを。たしかイタチくんのデータならあったはずだから。」
香「…ウチが言うのもアレだけどよ、」
「………」
香「…堕ちたな、」
「…そ、だね…」
大「…フフフ、里を捨ててきているんだもの。それなりの覚悟があるはずよ…」
覚悟、か。ないと言えば嘘になるが、あると自信を持って言うことも出来ない。
半ば、捨てるような想いで、ここまで来た。
大「生け贄は用意してきたのかしら」
「…はい、」
大「…?」
「私を、使ってください」
香「…!」
大「………」
この想いを、覚悟だと、受け取ってもらえるだろうか。
大「…そうすれば、あなたは、会えないわよ」
「…はい」
大「…てっきり、自己の私利私欲のためにやって来たのだと思ってたわ。…じゃあ何のために、」
「彼を、弟と姪っ子に…会わせてあげたいんです。…それだけです、だから、私は」
香「…サスケと、サラダちゃんか。気持ちは分かるけどよ、なんだってそうまでして…」
「サラダちゃんにも、会ってほしい…から…」
香「………」
「イタチ叔父さんにね、会ってほしいの…。イタチにも、父親みたいな経験、してほしいから…」
大「………」
「…お願い、します。」
*
木の葉隠れの里と、旧音隠れの里の狭間。俺は指示された場所へと辿り着いた。
大蛇丸のアジトに入り込んでいたとすれば、まず命の保証はできない。
まだ近くにいるかもしれない…。そんな願いにも似た思いから、俺は周囲にチャクラの気配を探した。
(……これか…)
ひとつだけ、川岸の方から気配を感知した。俺はその場所を目指す。
とても、静かな。大人しく寂しい、チャクラの流れだった。
案の定、川岸の岩場に座る義姉の姿を見つけた。瞬身で背後まで近づく。逃げられた時のために、いくつかシュミレーションを組み立てていたが、その背中はぴくりとも動かなかった。
サスケ「…生きていたか、」
「…うわー、一番見つかりたくない人に見つかっちゃった…里から連絡きたの?」
サスケ「嗚呼そうだ。身内の面倒事は身内で処理しろとのことだ。」
「…まあでも、いいや…あなたに殺されるなら…」
サスケ「……里からの依頼内容は、」
「禁術、断られちゃった…」
サスケ「…は、」
「…穢土転生、やってもらえなかった…」
サスケ「なっ…」
言葉を失う。今、なんて言った?穢土転生だと?
大蛇丸様も、案外ケチだね、と。静かに首だけ振り返った義姉は、とても穏やかな表情をしていた。ただ、その瞳に光はなかった。
「あなたがくれた額当てにね、髪の毛が刺さってたの、布の部分に。それで、思い付いちゃって。でもね、DNA鑑定して貰ったら…サスケくん、あなたの髪の毛だったー」
サスケ「………」
「…いやー、良からぬことは考えるもんじゃないね」
サスケ「…生け贄は、」
「…私自身」
サスケ「…。目的は」
「彼を、幸せにするため」
サスケ「…あんたのいなくなった世界でか」
「憎たらしい弟と、可愛い姪っ子がいれば十分でしょ。あ、罪は軽くしてあげてねって火影様に頼んでおくんだった…」
些細に、けれども煌々と注ぐ月光の下、小川の水が流れる音だけが、ふたりを静寂から守っていた。義姉の言葉は、俺には遺言のように思えた。
「あんまり苦しまないように一瞬で殺してよね」
サスケ「死ぬ覚悟はできている…か…。生け贄になるつもりだったんだからな、だから簡単に里も抜けてこれたというわけだ」
「……簡単に、ねぇ…ただ、」
サスケ「……?」
「…サラダちゃんの成長を、見届けられないのは残念だなぁ…」
サスケ「………」
「…まあ、それくらいかな?心残りは」
涙で濡れる顔をそのままに、義姉は手に持っていたイタチの額当てを胸にあて、静かに目を閉じた。そしてすっと背筋を伸ばした。
その背中は、いつでも殺せ、そう告げているようで。
サスケ「…あんたの命は、俺が預かる」
「…情けなら、いらないよ」
サスケ「…抜け忍の汚名を背負い無駄死にするよりも、過酷な命(メイ)を与える」
「…はい?」
サスケ「…サラダを、護れ…」
「……は…?」
サスケ「…何があっても、そのあんたの命に代えて、護りぬけ…」
「………」
サスケ「……」
「……何それ」
ぶふっと。義姉はついには吹き出した。真面目な顔をして、俺が何を言うのかと、それは父親の役目でしょう、と。
「なんで私に父親の仕事押し付けるの。あなたがやりなさい、親でしょう?さっさと殺して」
サスケ「…聞かないか、それなら…」
「…今度はなに?」
サスケ「サラダの成長を記録しろ」
「……もはや突っ込んでいいのかすらわからない…」
サスケ「俺も、サクラのやつも、カメラ機材を使うのが苦手でな…あんたなら得意だろ」
「…もういい加減にしてよ!!」
義姉は苛立ちのままに立ち上がり、俺をキッと睨んだ。静かに流れていた涙が当たりに飛び散る。
「どの面さげて戻れって…どうやってまた同じように生きろっていうのよ!!私はシズネを…ふたりの火影を…サクラとサラダちゃんまで裏切ってここまで来てるのよ!?もう帰る場所なんてないの!!もうないんだってば!!!」
サスケ「………」
「…イタチのいない日常に…帰りたくない…」
止まることを知らない涙を、義姉は両手で交互に拭い続ける。その仕草は、まるで子供のようで。溢れる寂しさを、どう対処したら良いものか、分からず泣きだしてしまう子供のようで。
俺はやはり、(連れて帰らなければ、)そう思った。
サスケ「…分からないか?」
「……なにが…」
サスケ「…俺の、あんたに生きてほしいという…思いが。」
「………」
「…この世界で数少ない…イタチを、これからも愛し続けてくれる存在だ。
…偲んで、やってほしい」
義姉は俯いたまま、鼻を啜る。静かに、俺の、言葉を聞いていた。音もなくしゃがみこんで、膝を抱えた。俺はそれが、堪忍した合図に見えた。
「…寂しい…」
サスケ「…そうか、俺もだ」
「…絶対私とあなたの寂しいは別物だから!あなたに会わせたかったのに…」
サスケ「俺は戦場で会っている、そんなことは頼んでいない」
「…可愛くない義弟め!!娘の世話もろくにしないくせに!!イタチがっ…イタチがパパだったら…っ」
サスケ「…はいはい、分かったから、思う存分泣いていいから、はやく泣き止め」
小さく震えていた肩が、俺の言葉を聞いて、大きく震えだした。堰をきったように泣き出した。もう、川のせせらぎも聞こえない。傍らに膝をつき、子供を落ち着かせるように、その震える肩をさすってやる。あくまでも、近付き過ぎないように。
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