リトルアンカー
□君に惹かれた心
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真夜中。
私はエリュシオン内、というよりクルーの部屋の前を歩いていた。
声が聞こえた。
別に聞きたいというわけではなかった。
けれど聞こえてしまった。
「………っぁ…」
甲高くも苦しそうな声。
(雪乃の声だ…)
確信はないが多分雪乃の声だ。
レイシェンの声も。
だが何故だ?
何故オリジナルの部屋から雪乃の声が聞こえるんだ?
レイシェンに何かされているのかと思った。
けど違う。
レイシェンの方も苦しいような声だった。
(……音……?)
色んな音が交ざって聞こえる。
何かをかき混ぜるような水音。
水風船が幾つも割れていくような音。
ギシリと何度も軋む音。
レイシェンと雪乃の声が交ざってひとつになる。
一際雪乃の声が高くなった。
「――――っ…」
扉の向こうの様子が判らない。
ただ、少しだけ胸が痛んだ気がした。
「……雪乃…様…」
その場に長いこと留まれなかった。
苦しくて辛くて、何とも云えなかった。
だから、逃げるようにその場から離れた。
******
「おや、どうかしたんですか?メカレイシェ…」
「―――っ」
「……?」
医務室にあるベッドに勢いよく倒れ込んだ。
「………ふぅ……」
やれやれといった感じで主人はイスから立ち上がった。
「そのベッドは患者さんが使うものですよ?」
「…知ってます。そのくらい…」
枕に顔を埋めたまま。
これは動けそうもないな。
「泣いてます?」
「泣いてませんよ。アンドロイドは涙なんか流しません…」
涙なんてこと、知っていたのか。
主人がそう云った気がした。
そして小さく笑った気もした。
「……不器用ですねぇ、貴方は…」
不器用、か。
確かにそうかもしれない。
「まぁ、患者さんが来るまでそうしていなさい。私は仕事をしなければならないので」
「……はい」
顔は上げなかった。
今、どんな顔をしているのか全く判らない。
見たくない。
こんな、情けない表情なんか。
こんなに苦しいと、辛いと感じたことはなかった。
(…そうだ…雪乃はレイシェンのものだ…)
今さらそんなことを考える。
ずっと前に知っていたはずなのに。
しかしあの時私の中の何処かで、雪乃はレイシェンのものではないと否定していた。
否定したかったんだと思う。
言葉にして、雪乃はレイシェンだけのものじゃないと。
オリジナルに、そう云いたかった。
けれど、自分の気持ちというのがいまいち判らなかった。
雪乃が好きなのかと云われれば違うような気がして言わなかった。
(………はぁ…今になって気付くなんてな……)
雪乃の嬌声が聞こえたあの時。
ぎゅうっと胸が締め付けられていた。
悔しいと、辛いと、苦しいと、色んなものが襲ってきた。
ッキン…
(……ああ、まただ…)
胸を抑える。
見えないナイフか何かが突き刺さるような感覚。
決してとても心地良いものではない。
(………雪乃っ………)
どうして。
何故?
貴方は私のものじゃない?
―――――貴方に焦がれるくらいなら…
―――――初めから、貴方に興味を示さなければよかった…
「…………何やっているんですかねぇ…」
カーテンの向こう側から溜め息混じりで呟く主人が居た。
私は、聞こえなかった。
聞きたくも、なかった。
―――――今だけは…
「――――…欲しいなら自分で手に入れたら良いものを…」
そして主人はゆっくりとイスに座った。
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