君のその手を
□22章:見上げれば、
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ふと耳に届いた独特の排気音にピクリと身体が反応し、懐かしい時代へ馳せていた思考を現実に戻しながら手にしていた写真をテーブルの上に置く。
ここ最近聞いていない音だったが記憶と耳は確かなようで、マンション前を通り過ぎる直前のタイミングでその音はピタリと消えた。
…帰ってきたな――。
渚が乗っていったバイクは普段乗りしているバイクより少々音が大きく高音である。
ちゃんと法令基準はクリアしているとはいえ、夜の住宅街を走る時には結構気を使い、無駄な吹かしをして周囲に迷惑撒き散らすような真似は決してしない。
それに特にお互いの間で決め事をした訳じゃないのだが、渚も俺もマンション手前でエンジンを切って惰性で走行しながらマンションの駐車場に入るのは慣例というか習性みたいなモンだから、さっきのタイミングで音が止んだってコトは間違いなく渚が帰ってきたって事を教えている。
あー、そうか。いつもマフラーの音で帰って来たって分かってたのか…。
一緒に住み始める前から、俺が家のインターホンを押して、『ピンポーン』の“ピ”が鳴った直後にドアが開くタイミングでいつも渚が出迎えてくれていた。
最初の頃は、その出迎えの早さに驚くと同時に不思議に思ったが、馴れてしまえば然程気にもしなくなってしまったどころかそれが当たり前の事のように思っていた。
かなり幸せボケしてたよなぁ…
“待つ身”と“待たせる身”とでは感じる寂しさの度合いが違うというのは分かってはいたし、今日だって酷くそう感じていた。
だけど、渚のほうが圧倒的に前者の立場が多い。
さっきまでの俺のように、いつも渚は外を走る車やバイクの音に耳を澄ませながら俺の帰りを今か今かと待っていてくれたからあのタイミングの出迎えだったんだと今気付いた。
そして毎回何気無く聞いていた『おかえりなさい』の言葉と渚の笑顔の出迎えを思い返してみても『遅かったね』なんて一度も聞いた事がないし、その後の温かい夕食と少しの酒を二人で楽しみながら穏やかに会話を交わしてきたこの半年間――
――やっぱ俺ってスゲェ幸せモンだよなぁ…
――なんて、感謝そっちのけで直ぐに自惚れてしまう俺も俺だけど、自惚れついでに口角が上がってくるわ、嬉しさで胸が躍るわ、顔に熱が集中してくるわで悶えてしまいそうになる。
盛大に誰かに惚気たい気分だ。
決してこんな自分は渚に見せられないが、さっきまで感じていた寂しさはいつの間にかどっかにいってしまったらしい。
単純だ、と言われようが何だろうが俺が行き着いた答えは、寂しさを感じるのは愛されてる故・愛してる故なんだ――、と腕組みしながらうんうん頷いて一人納得。というより実感。
最初こそ連絡もせずに――、この寒空に――、と多少気を揉んでしまったものの、問い詰める程の事ではないし、そこまで束縛する気は毛頭なかった。
ちゃんと俺のトコに帰ってきてくればよし。
――さあ、もうすぐ玄関のドアが開く。
…よしっ!!今日は俺が玄関で出迎えてやるかっ!!
最後のビールの1口をグイっと飲み干した後、緩みまくっているであろう頬を引き締めるべく両手で数回バチンと叩きながらソファから立ち上がり、そのまま足早に玄関方向へと向かった――。
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