君のその手を
□22章:見上げれば、
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――海の方から音を鳴らしながら断続的に吹き上げてくる冷たい風を正面から受ければ、さらけ出してた顔の皮膚がピリピリと痛み、あぁリップクリーム塗ってくれば良かったなぁと思いながら乾燥気味の唇に触れる。
息を吐く度に白い靄が上がり、すぐに暗闇に溶けて消えていく。
耳介はもうすっかり赤くなっているんだろう。普段は髪で隠れてるソコはもう風を無抵抗に受けてる為に無防備状態。触れていなくてもジンジンと痛み始めていて、首もとに巻いていた厚手のフリースのマフラーを一旦外して広げ、頭から被った。
連絡しないまま出てきちゃったなぁ…――
――この場所に来たのはもう1時間ほど前になるが、ただ何をする訳でもなく乗ってきたバイクのセンタースタンドを立て、横向きに腰掛けるようなカタチで海の方向に身体を向け続けている。
真っ直ぐに見据える先には漁り火らしき明かりがちらほらと見え、タンカーの航行灯がゆっくりと進んでいくのをただぼんやりと眺めていた。
そんな風景が見える展望台。
気の向くままにバイクを走らせれば、初めて元親さんと会った場所を訪れていた――。
今日は久しぶりに定時キッカリに仕事が終わった。
あと数日で年末を迎えるこの時期は、先生方の配慮で『年末年始くらいはお家で過ごせるように』と、長期に入院している子らも容態が安定していれば一時退院を促す。
そして担当する人数が減れば当然、処置やルーチンワークも減り、平常時より少ない休日体制の人数でも滞りなく仕事はこなせた。しかも今日はこれといった急変などもなく穏やかな一日だったと言っていい。
…私以外を除いては。
――何の因果か昨夜偶然目にしてしまった一枚の写真。
それは昨夜一晩ならず今日一日もずっと頭の中から離れてはくれなかった。仕事中であるにも関わらず幾度も思い出し、人知れず溜め息ばかり吐いていた。
聞いていいものだろうか…――
それとも見て見ぬフリをしたほうがいいのだろうか…――
その二択に昨夜から悶々と悩み続けている。
やっと寝付いたと思われる時間から考えても絶対的に寝不足な筈なのに眠気が襲うどころかシンキングタイムは脳内で未だに続いている。
まるで盗み見たような後ろめたい気分なのは勿論、聞いてしまえば“その女の人のコト”を問い詰めてるようなカンジにも受け取りかねない。嫉妬まる見え。…かといってこのまま流せる自信も器量もある訳ではなく、何気ないメールを送ることですら躊躇していた。
それに何気に勘が鋭い時がある元親さんとこのまま顔を合わせてしまったら何かを察しられそうな予感しかしないし、問い詰められたら最後。誤魔化しきれずにそのまま顔に出そうな気がしてならないし、そうなったら逃げ切る自信は100%私には無かった。
。
だから一旦頭の中を冷して、少しでも平常通り振る舞えるように胸の内の悶々を吹き飛ばしてしまいたくて、と頭の中に浮かんだ行動をとった結果が今の状況で。
単純だけれど、
女らしくないってよく言われるけど、
…やっぱり落ち着くんだよね――
“この子”を手離せないのは
譲り渡せないのは
父の背中にしがみついていた時から未だに私が親離れできてないということなのかもしれない。
何度も『生きていれば…』なんて思った。
何度も『会いたい』って思った。
話したい事がいっぱいあった。
今でも話したい事はいっぱいある。
頭上を見上げれば、満天の夜空に幾千もの星と水平線より高く上がってきた上弦の月が輝く。
そしてふと風が止んだ。
――ねぇ、お父さん…
――なんでこんなに不安になるんだろう…
――気にしたってしょうがない事なのにね…
――でもね、私はね、元親さんから幸せをいっぱいもらってるってコトは分かってるよ――。
――私は時々、亡き父に話しかける。
独り言と共に生まれた白い靄は私の言葉を天に届けるようにユラユラと上がり、星空の元へと吸い込まれるように消えていく。
返事は聞こえない。
だけど波立っていた心は不思議と鎮まっていくのだ――。
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